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電子音の魔力

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――皮肉を返された――
 と思うことだろう。
 しかし、瀬里奈には皮肉などなく、素直な気持ちで真正面からそう言っているだけなのだ。だがその思いは余計に相手に嫌な思いを抱かせてしまうようで、瀬里奈がいじめられっ子になった理由はこのあたりから来ているに違いない。
 瀬里奈とすれば、
「無理もない」
 ことであった。
 しかし、まわりからは決して無理もないなどと思われることはない。何しろ、苛められて必然だと思っているからだ。だから、誰も瀬里奈の味方はいない。第三者を装った傍観者は一番罪が重いはずだが、瀬里奈の場合の傍観者は、
「無理もない」
 ことなのかも知れない。
 瀬里奈にとって父親との確執は、母親を板挟みにすることを意味していた。母親は父親を擁護していたが、性格的には瀬里奈に似ていた。細かいところでは父親に似ているところも多かったが、根本的なところは母親似だったのだ。
 だが、瀬里奈は自分の性格は父親から遺伝したと思っている。自覚している性格、それも嫌なところばかりが父親から受け継いでいたからだ。そういう意味では瀬里奈は本当の自分を理解していない。理解していれば、ここまで父親に敵意を抱くこともないし、母親とも、もう少し会話があってしかるべきだったからである。
 学校でもほとんど誰とも話さない。家でも会話がない。いわゆる引きこもりに近い状態であったが、学校を休んだり、完全に引きこもってしまって、部屋から一歩も出てこないようなことはなかった。
 友達は確かに少なかったが、郁美は別として、まったくいないわけでもなかった。ここでいう「友達」というのは、「親友」と位置付けている郁美とは、別次元であることをこの時の瀬里奈は、意識していなかったかも知れない。ただその友達とは、一緒にいるところをあまり人に見せたくないという思いから、ひそかに付き合っていたと言ってもいい。相手は瀬里奈と一緒にいることを人に見られることにこだわりはなかったが、瀬里奈の方がこだわっていた。ちなみに、郁美には彼女の存在は分かっていなかったかも知れないと思っている。
 それは彼女と一緒にいるところを人に見られたくなうという思いからではなく、彼女の気持ちを考えた瀬里奈なりの思いやりだった。
 瀬里奈はまわりに人をあまり寄せ付けないが、近寄ってくる人を遠ざけるようなことはしなかった。
「来るものは拒まず」
 というのは、少し違った表現になるのかも知れないが、歓迎するわけでもなく、ただ、近寄ってくれた相手に対しては、敬意を表していた。
 その思いが相手に伝わっているかは分からない。
 中には瀬里奈を利用しようとして近づいてきた人もいた。どういう意味での利用なのか、この際関係はないが、瀬里奈はそんな下心を持った相手の心情を見抜くことには長けていた。
――この人、怪しいわ――
 と感じると、嫌悪感が露骨になっていく。
 瀬里奈は相手を遠ざけているつもりはないが、自分の中にある不信感が露骨に表に出るのだ。すると、相手は瀬里奈を怖いと思うのか、次第に瀬里奈から去っていく。それもいきなり去っていくわけではなく、徐々に去っていくことになる。
 それは瀬里奈に対して恐怖心を感じているからで、いきなり去ってしまうと、追いかけられて、追いつかれてしまうと、二度と瀬里奈から離れることができなくなってしまうような気がしてくるからだ。瀬里奈が気付いていようが気付いていなかろうが、いきなり去ってしまうことはリスクが大きすぎるということを理解していたのだ。
 瀬里奈は、相手が去ろうとしていることは百も承知、瀬里奈とすれば、
――これでいいんだわ――
 と思っている。
 相手から去ってくれることは、こちらが余計な気を遣わなくて済むからだ。
 瀬里奈にとって、余計なことをするのは、本当は嫌なことだった。人と同じでは嫌だという性格は余計な考えであることは分かっているが、それこそ、自分の中で容認ができないことであり、
「仕方のない」
 ことの一種だった。
 そこには汎用性はなく、人と同じことをするのが嫌だという性格と、余計なこととを天秤に架けると、そこには汎用性という遊びの部分はなく、仕方のないことだという言葉が嵌るのだった。
 瀬里奈は、人に気を遣うことも、人から気を遣われることも嫌いだった。それは、自分の母親を見ていて感じることだった。
 瀬里奈の母親は、瀬里奈から見て父親ほど嫌いな人ではなかったが、ある場面だけは虫唾が走るほど嫌いだった。
 まわりの人に好かれたいと思うのか、やたらと人に気を遣っていて、逆に自分に気を遣わない人に対して、陰では悪口雑言を浴びせている。きっと気が合う友達が相手だったのだろうが、電話で他の人が自分に気を遣っていないことに対して、かなりの不満をぶちまけているのを見たことがあったからだ。
 その時は、瀬里奈が学校から帰ってきているのに気づかなかったので、誰もいないと思って大声で叫んでいるのかと思ったが、実際はそうではなかった。別の日も同じように大声で叫んでいて、まるでデジャブを感じるかのようだった。しかし、前と違ったのは、瀬里奈が母親に気付かれまいとして、忍び足で自分の部屋に向かうため階段を上がっていこうとした時、少し空いていたリビングとの扉から、こちらを見ている母親を見えたのだ。
 その表情は、今から思い出しても気持ち悪さで吐き気しそうなくらいだが、見つかったことを、
「しまった」
 と思うわけでもなく、想像もしていなかった顔を見せたからだ。
 その時の母親はニヤリと笑った。まるで口裂け女でも見たかのようなゾッとした気分になった瀬里奈は、その場に立ちすくみ、どれほどの時間、その場所にいたのか、まるで夢の中の出来事のように、我に返ってから、意識が飛んでいたという気分にさせられたのだった。
 その時の表情があまりにも異常だったので、瀬里奈はその時のことを、
「忘れられない」
 と思う反面、
「夢だったんだ」
 と思うこともできそうな気がした。
 ここまで両極端な思いを同じシチュエーションで感じることができ、そのどちらにも信憑性が感じられるというのも不思議な現象だった。
 瀬里奈は母親と自分が似ているとなるべく思わないようにしようと思ったのは、この時が最初だったのかも知れない。
 露骨に嫌いだという意思を持つことが父親に対してはできるのだが、母親に対しては持つことができない、要するに怖いのだ。
 漠然とした不気味さは、以前から感じていた。ただ、父親に対しての露骨な嫌悪が、母親に対しての思いを打ち消していたのだ。
 だが、後から考えれば、母親に対しての不気味な思いを感じたくなかったことで、余計に父親に対しての露骨な嫌悪が浮き彫りになってきたのではないかと、瀬里奈は思うのだった。
 紗理奈は自分の中に、
「エロとグロ」
 を感じていて、その両方が自分の中で同居していることを不思議には思わなくなっていた。
 それは、エロとグロが同じ土俵だと思っていれば、不思議に感じることもあっただろうが、実際には同じ土俵ではなかった。両親を見比べてみれば分かることで、父親にはグロを感じ、母親にはエロを感じた。
作品名:電子音の魔力 作家名:森本晃次