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短編集69(過去作品)

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 短い会話だったが、それ以上は堂々巡りだと思ったのか、聖子さんの方から電話を切ってくれた。さすがよく分かっている。本当は二人とももう少し話したいと思っているはずなのに、少し会話で拗れたら、それ以上話しても無駄な時がある。それがその時だったに違いない。
 電話を切ると、気だるさを感じた。話をしたこと自体に感じる気だるさだった。相手が聖子さんだったら落ち着いて話ができたが、それ以外の人だったらもう少し苛立っていただろう。特に坂口だったらひどかったに違いない。何しろ私をこんな状態にしたのは、坂口だという思いがあるからだ。
 鬱状態に陥ったことは今までにもあった。有頂天になっているところから奈落の底に叩き落される思い、それはほとんどが失恋だった。
 私は恋愛に関しては毎回妄想を抱いていた。妄想を抱くこと自体が恋愛だと思うくらいで、好きな人ができれば、まわりに自慢している自分、一緒にいて楽しい雰囲気はもちろん、尽くされていることが幸福の絶頂だと思うのだ。
――尽くされて当然――
 という思いすら浮かんできて、好きになった人が私のためにどんなことをしてくれるのかを勝手に思い浮かべる。淫らなことも当然頭の中にあって、それが妄想として膨らんでくる。
 私は淫らなこともあまりいやらしいとは思わない方だった。相手の目を見ることで、相手への気持ちが目を潤ませる。その顔がいとおしく感じられ、淫らに見えてくる。淫らな気持ちは相手への思いの加減を通り越した時、自分の中に溜まった欲求が相手に向けられることで爆発するものではないだろうか。
 聖子さんにはあまり淫らな思いは感じないが、逆にいやらしさを感じる。淫らというのは自分が意識して表に発散させるもので、いやらしさは本人の意識のうちにないものが、自然と発散され、男を敏感にさせるものだと思っている。そういう意味では今まで私が好きになった相手と聖子さんは大きく違っている。もっともそれほど大きな違いとは思っていないのだが、それは聖子さんという人が友達のお姉さんだという意識があるからなのかも知れない。
 また、私は今までに一目惚れというのをしたことがなかった。初めて感じた一目惚れが聖子さんだったのだ。
 年齢的なものなのかとも考えてみた。今まで一目惚れがなかったのは、それだけまわりを意識できる年齢であって、年を重ねるごとに、焦りのようなものが生まれてくるとも感じたからだ。
 一目惚れをしなかったのは、タイプが決まっていなかったからだと言えばそれまでだが、それ以外にも理由があるとすれば、相手が好きになってくれないと、こちらから好きになることはないという思いがあったからだ。
 聖子さんの場合は私を好きになってくれたから好きになったわけではない、まさかスナックという場所の雰囲気が気持ちを高ぶらせたというのだろうか。確かに薄暗い店内で心地よく酔っ払うのだから、好きになるシチュエーションとすれば、状況は整っているというものだ。
 聖子さんに対して一目惚れだったのは、すぐに気付いたわけではなかった。坂口と一緒に通っていた時は意識としてはなかったが、一人で通うようになって、自分が一目惚れだったことに気付いたのだ。
 一人で行ってみようと思ったのは偶然だった。たまたま近くまできて時間が空いていたので立ち寄ったまでだった。その時にもし時間がなかったり、近くまで来ていなかったとすれば、スナック「モア」に一人で入ってみようとは思わなかっただろう。
 その時聖子さんはたまたま一人だった。
「あら、確か信二のお友達の」
 聖子さんの口からすぐに名前は出てこなかった。
「乾です」
「あ、そうそう、乾さんでしたね。ごめんなさい、すぐに思い出せなくて」
 と言って苦笑いをしていた。
「私、あまり人の顔を覚えるのって得意じゃないんですよ。顔が覚えられないので、名前とも一致するはずもなく、今までに何度も相手失礼なことをしてきたと思うんですよ」
「それでもお姉さんは笑顔がステキだから、大丈夫ですよ」
「あらま、お上手なこと」
 とお互いに目を合わせて声を出して笑ったのが最初だったのだ、
 一人で初めてきた時にいたのが聖子さん一人だったというのも私の一目惚れに拍車をかけたのかも知れない。
 聖子さんは私が好きになったのを知ってか知らずか、いつも私についてくれる。ママさんが気を利かせてくれているのだろうが、通う回数が増えてくると、誰でも目的はすぐに分かることだろう。
 聖子さんとはお店でする話は差し障りのない話が多かったが、時々、昔の話をする中で、少しオカルトめいた話をすることがあった。聖子さんの中にもオカルトめいた話題を抱えていたし、私も人に話してみたいと思った話もあった。
「オカルトやホラーとかの怖い話って好きじゃないけど、してみたい時ってあるんですよね。それがちょうどお互いの波長があったのかも知れませんね」
 と聖子さんは笑っていた。話の内容はよく似ていて、微妙な感覚を思い起こさせるのであった。
 元々本を読むのが好きで、最初はファンタジー系の小説から入ったという聖子さん。私はミステリーが好きで、トラベルミステリーが最初だった。トラベルミステリーとホラーえは共通点がないようだが、私が読んだことのあるミステリー作家の中にホラーを書いている人がいて、一度読んでみたことがあった。
 その人の話はオカルトっぽい怖さではなく、ブラックユーモア的な作品を書いていた。誰もが落ち込みそうな穴があり。そこに落ち込んでしまった人がそのあとどうなっていくかなどを興味深く書いていた。
 作風にインパクトはなく、文章も淡々と進んでいくのだが、
「そこが不気味さを誘うところなんだ」
 と、評論家の中には彼の作品を絶賛する人もいた。どちらかというとあまり知られていない作家で、本人自体も表に出てくることはない。いつも原稿は旅先から送られてきて、編集社も困ることがあるという。原稿の依頼はメールで行い、作品は郵送で来るところが実に風変わりで面白いとも言えよう。
 トラベルミステリーを書いている時は社交性があって、作家仲間からも編集者からも嫌われるようなことは決してなかったが、ホラーを書き始めると急に変わってしまったのは、何か大きな心境の変化があったのかも知れない。
 そのことを聖子さんは知っていた。そしてなぜ彼が変わってしまったかも分かっているようだった。
「あの作家さんの奥さん、実は火事で亡くなってるんですよ。自宅が火事になって全焼したんですけど、結構広いお屋敷だったらしいんです。古くからある西洋屋敷に住んでいたんですが、出火の原因が、どうやらタバコの火の不始末らしく、タバコを吸うのは作家さんしかいない。当然自分のせいだと思いますよね。自分の火傷を負ってしまって、それから人前に出ることもなくなり、屋敷は保険に入っていたので、立て直すことは十分に可能なんでしょうけど、奥さんへの気持ちからか、立て直しはしなかったということなんですね」
「なるほど、だから原稿は旅先から送ってくるんですね」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次