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短編集69(過去作品)

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 と感じたが、妹に対して自信がありげだったが、他の人に対してはほとんど相手に気を遣い、下手に出るタイプだった。
 彼女ができると違うのかも知れない。完全に内弁慶なのだろうが、かといって坂口が気の弱い男だと決めつけるのは早急な気がした。
 大学を卒業して三年が経ったが、三年というと微妙な気がする。第一線では中心的な位置にいてもおかしくない世代で、ひょっとすれば、一番楽しい時期を過ごしているのではないかと思う。二十代半ば、恋愛も仕事もまだまだこれから、坂口もきっと同じではないだろうか。
 だからこそ、結婚という言葉が目の前にちらついたことで戸惑っているのかも知れない。これがもし、去年か来年だったらどうだろう? ここまで考えてみようと思わなかったかも知れない。それだけ三年目というのは微妙な年数なのだ。
「俺とお前は気が合っているんだけど、磁石でいうとS極とN極のような関係なのかも知れないな」
「おいおい、いきなりなんだい? まるで水に油って感じかい?」
「そっちの方が当たっているかも知れないな、水に油の方がまったく寄せ付けない中で、何かを予感させるような気がするからな」
「火に油だったらそうだろうけど、水に油だぞ?」
「そうだね、でも考えてみると、火に水だって正反対のものに感じるけど、この三つはどこか三すくみのような関係にも思えてくるかも知れないな」
 話題が少し脱線したが、脱線した中に真実はあるのかも知れない。今までの坂口との会話で脱線から何かの真実が生まれたことも多々あったからだ。
 自信過剰なのは、嫌いではない。私があまり自分に自信が持てないことから、自信を持っている人を羨ましく思う。ただ、その自信がどこから来るものなのかを分かっていないと自信過剰も悪い意味でしか捉えられなくなってしまう。
 坂口が持っている自信はお姉さんがいることで育まれたのではないかと思う時があった。スナック「モア」に通っている時、聖子さんを見ていると、聖子さんの魅力が包容力にあることを感じた。包まれるだけで暖かな気分にさせてくれる感覚は、安心感から生まれるものではないかと思ったからだ。
「私ね、弟からいつも守られていた気がしたの」
「どういうことだい?」
「小学生の頃、私が苛められていた時期があったんだけど、いつも弟に慰められていたわ。掛けてくれる言葉だけでも嬉しかった。でも弟からはそれだけではないものをもらっていたの。それが安心感だったのよ」
 苛められている人にただの助言や慰めだけの言葉であれば、却って助言された人は、
「私のこの苦しい気持ちなど分からないくせに」
 と思い、殻に閉じこもるか、萎縮してしまいそうなものだが、血の繋がった姉弟というのは、それだけお互いに信頼し合っているのかも知れない。兄弟のいない一人っ子の私には分からない感覚であった。
 安心感は穏やかな気持ちからも生まれてくる。自分に自信を持つことが穏やかな気持ちを持たせてくれるのであれば、それも無理のないことだ。
 自信を持っている坂口が、結婚を躊躇う気持ちは何であろうか? 結婚という二文字がいきなり見えてきたことで、急に我に返ったと言えなくもない。
 自分に自信を持っているとはいえ、絶えず持ち続けられるものではなく、時々気持ちがリセットされるものではないだろうか。リセットした時の気持ちが、坂口にとって、見えなかったものを見せるためのリセットだったのかも知れない。
 見えなかったものが何か、それは聖子さんだったのかも知れない。気にしてはいけないと思っていたのだろうが、意識の隅に置いていれば、少し精神的に不安定になった時、顔を出してしまう。意識の隅に置くにしても、それが固定してあれば別なのに、無造作に置かれていたのではないだろうか。そのことが聖子さんと彼女を自分の中でダブらせてしまう中途半端な気持ちを生んでしまったのかも知れない。
 私が聖子さんに抱いた淡い恋心のような中途半端な気持ちではないと思う。血が繋がっている以上、中途半端というのはありえないのではないだろうか。もちろん、真剣に聖子さんを思っているとすれば、それはそれで問題だが、今まで気付かなかった気持ちに今、気付くことになったのかも知れない。
 恋心というのは最初は暖かく、次第に熱くなり、くすぶりながら安定期を迎えるものもある。またいきなり燃え上がり、くすぶりという安定期がなく、消えていくものもある。くすぶりだけで終わるものもあるが、これは片想いの類であろう。くすぶりだけで終わるものはほろ苦いものとして意識の中に残ってしまうのだ。
 坂口は私が聖子さんに恋心を抱いているのを知っているのだろうか。聖子さんは私の気持ちに気付いてくれているように思う。普段からスナック以外でも会うことが多くなり、
「本当はいけないんだけどね」
 と、はにかみの表情を浮かべて聖子さんは話してくれたが、なぜなら店の外で会ったりすると、わざわざお金を払ってまで店に来なくなるからである。経営者の方からすれば、あまりありがたい傾向ではないだろう。
 それでも表で会ってくれるということは、聖子さんも私に対してまんざらでもない思いを抱いてくれているに違いない。ただ私が懸念するところでは、弟のように思っている可能性もあるということだ。弟の友達である私と一緒にいることで、今は別に住んでいてあまり会っていない弟を思い出すことができるとでも思っているとすれば、私はとんだピエロということになる。
 とりあえず聖子さんの気持ちが分からない以上、今はそれでもいいと思っていた。
 そんなことを感じながら私は坂口のなかなか切り出さない話を待っていた。会話が途切れてはいけないと思って話題が出してくるのだが、肝心なところには触れてはこない。それは思ったよりも疲れと伴うようで、水を飲む回数が増えていき、次第にコップの水が少なくなっていった。
――話し始めるとすればコップの水がなくなりかけた頃だろうか――
 と思ったのだ。
 坂口の行動パターンは以前と変わっていない。変わったのかも知れないが、緊張したり肝心なことになると、昔のままである。私にはそれが懐かしく感じられ、思わず意地悪な笑みを浮かべてしまったくらいだ。
「何だよ」
 それに気づいたのか、坂口も苦笑いをした、苦笑いだけでお互いの気持ちが懐かしさという共通点の元に結びつくのは嬉しいものだ。
「本当にお前は変わっていないな」
 というと、
「お前もさ。その苦笑いで俺も今の自分が変な緊張感に包まれているのにやっと気づいたんだからな。そういう意味ではお互いにツーカーの仲と言ってもいいんだろうな」
「そうだよな」
 お互いに納得しながら微笑み合うと、やっと落ち着いた坂口が口を開いた。
「俺、結婚を戸惑っている理由に、姉ちゃんのことがあるんだ」
「どういうことだい?」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次