短編集69(過去作品)
とすれば、私は一歩間違うとピエロである。二人がどれほどの仲かも分からず、少なくとも身体の関係はないだろうという勝手な思い込みで、私はゆかりについてきたのだ。今でも本当に二人は何もないのだという意識があるが、現実を見つめようとするならば、その確率は極めて低い。それを認めないのは、自分が現実から逃げている証拠であった。
私は女性に対しての見方が甘く、これまでにどれほど辛酸の舐めてきたか。それでも、
「生まれ変わっても、また同じことを繰り返すだろうな」
と思えてならない。性格は簡単に変わるわけもなく、生まれ変わるという定義は、顔かたちは違っても、性格は同じだというのが私の考えだった。生まれ変わるための世界が別にあり、そこで待機している人たちがたくさんいる。それは死の世界ともこの世とも一線を画した世界である。そんなイメージを小説に描いたこともあった。
私の書く小説は、奇妙な話が多く、鏡や時間といった奇妙な小説には不可欠なアイテムを使って、描くのが好きだった。キーワードとして、「果てしない」という言葉が好きで、鏡を両側に置けば、果てしなく映し出されることや、時間を一つの点と捉えた場合に、点は果てしなく続いていくという発想など、果てしなさは永遠につながるものであった。
「永遠なんてありえないさ」
というのが、実は私の持論でもある。矛盾した考えの中で出来上がる小説は^のラストは、私の持論にどれほど近づけるかというテーマがいつも裏に隠れているのだった。
高校時代に読んだ小説で、自分と同じ人間が存在していて、絶えず私のそばで存在感を表している。しかし、私の前に現れることはない。人から話を聞くだけだった。
「本当にそっくりなんだ。本人じゃないのか?」
そう思うのも当たり前だ、何しろ同じ場面で二人は存在しえないのだからである。しかし、同じ人間がまったく同じ時間に存在していてもいいのだろうか? タイムマシンで過去に行って、過去を壊すとどうなるかという話は、昔から物議をかもしている。同じ人間が存在しているなどこの世では考えられないが、
「世の中には似た人が三人はいるというじゃないか」
と言われると、発想がそっちに行ってしまうかも知れない。
しかし、私の発想は違った。その人は本当の私で、もちろん、今この話をしている私も本当の私なのだ。
「同じ世界に存在しえないんでしょう?」
と聞かれれば、
「だから、会うことはできないのさ。その人は私とは一定の時間を介して存在しているのさ。つまりは、私が先を歩いているとするならば、私が過ぎ去った世界から、その人が迎える同じ時間まで、私がたどった場所には二人とも存在できないということになる。それは私にも言えることで、お互いに会うことのないように運命づけられているのさ」
難しい話であるが、会わないという理屈が成り立てば、例えば五分後の自分と同じ世界に共存は可能だということになる、それは全員に与えられたものではなく、限られた人間だけのものだ。限られた人だからといって、選ばれたわけではない。したがってその人が優れているというわけではない。これこそ、神様の「気まぐれ」なのではないだろうか。
ちょっと難しいと思ったが、私はこの話をゆかりにしてみた、ゆかりは興味を持って身を乗り出すように聞いていたが、それは自分の中にも同じような発想があるのかも知れない。
尋ね人
見つかる様子なきにして
深まる仲の思惑さまざま
問題の奥さんは、家にいるようだった。私の想像していたのは、奥さんも失踪していて、二人がどこにいるかということを探しあてていくのが、今回の目的だと思っていたのだが、どうやらかなりおもむきが違っているようだ。
「何となく、不思議な気がするんですが」
翌日になって、奥さんの近所の人に話を聞いてまわったのだが、普段と変わらないということだった。もちろん、深く聞くことはできない。人の噂は尾ひれをつけて飛び回ることがあるので、私たちのことも、すぐに広まるかも知れない。
私もゆかりもそれでいいと思っていた。広まった方が、話しやすいということもあるからだ。逆に相手が身構えることも考えてみたが、身構えてしまえば却ってボロが出やすいということもある。どちらにしても、こちらの存在を示すことで、相手にプレッシャーを掛ければ、何か分かるかも知れないというのが、ゆかりの考えであった。
奥さんは、昼間は仕事をしていた。旦那さんの稼ぎが悪いというわけではなく、性格的に専業主婦に収まるタイプではないということだ。それだけ活発な性格であれば、不倫という言葉が隣りあわせでも不思議はない。私はどんな人なのか、いろいろ想像していた。
「まわりの話だけでは埒があかないので、直接話してみた方がいいかも知れないわね」
ゆかりは意を決したかのように話した。その表情は今まで自分が知っているゆかりのものではなく、初めて見る顔であった。
――ひょっとして、これが本当の彼女の顔ではないだろうか――
と思えるほど、普段と違い、ギラギラした目を輝かせていた。
――こんな顔になるんだ――
今さらながらに、女とは恐ろしいものだと感じた。これも初めての思いで、まさかゆかりから感じさせられるとは思ってもおらず、少し後ずさりしてしまいそうな衝動に駆られたが、ここまで来て逃げ出すわけにもいかない。一緒にここまで来た以上、何も得られずに帰ることを、私自身が望んでいないからだ。
血相を掻いていたわりには、落ち着いていて。キチンとアポイントを取っていた。彼女の会社に電話して、名高先輩の名前を明かして話をしていた。話し方は穏やかで、さっきまで挑戦的だった相手と話をしているなどと思えないくらいだった。
「ここで私が挑戦的になったら、相手は引くだけでしょう? アポを取る意味ないですもんね」
「アポを取らずにゲリラ作戦を敢行したら?」
「そんなことしたら、余計に意固地になるだけしょう。引く時は引いて、押す時に押す。それが一番なのよ」
本当に大学生なんだろうかと思うほどの落ち着きようである。もっともこの落ち着きを兼ね備えているから、金沢くんだりまで敵地に乗り込む気になったのだろう。私だったらとてもそこまでにはなれない。
いざとなると肝が据わるのは、女性の方が多いのではないだろうか。まだまだ女性大生の彼女を前にして悪いのだが、
「肝っ玉母さん」
というではないか、やはり子供を産む女性は男性と違って、腹に肝が据わっているものなのだろう。
電話では相手の様子が見て取れなかったが、待ち合わせ場所に現れた彼女の姿を見れば一目瞭然、少々遠くからでも顔色の悪さは分かった。いくら先輩の消息を尋ねるためとは言え、まるで自分たちが苛めを行うようで気が引けた。それに、相手はこちらが一人だと思っていたのだろう。私の顔を見て、一瞬呆然となったようだ、
待ち合わせ場所は相手が決めた、初めての土地なので当然ではあったが、待ち合わせの喫茶店は洒落た雰囲気で、こんなことでもなければ、癒しの場所になるのだろうと思えたのだ。
「お待たせしました」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次