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短編集69(過去作品)

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 さっきまですっとぼけたような会話だったにも関わらず、すぐに先輩の理論のとりこにされてしまう。しかも、最初の話が伏線となって、話が進行し、さらに進んで、完結する。それこそ私が先輩に抱いた底のない果てしない発想であった。
 先輩の小説の中には、ところどころで、
「あれ?」
 と思うような内容がある。考え込んでしまうと抜けられなくなるが、漠然と読んでいれば、発想がうまく回転し、ラストまで一気に読めてしまうほど、豊かな発想が放射状になって、浮かび上がってくる。
 しからくしてから、私は和田ゆかりと会った。彼女が訪ねてきたのだが、内容は、自分が書いた小説を読んでほしいというものだった。
 ゆかりは、以前から小説を書いているという。先輩と意気投合したのもそのあたりにあるのかも知れない。
「私は小説でファンタジー関係を書くのが好きで、名高さんにも読んでもらったことがあったんですよ」
「先輩、何か言ってましたか?」
「最初は、自分とはジャンルが違うといって、あまり真剣には読んでくれていないようでした。分かるんですよ。自分の作品を人に読んでもらおうと思って差し出した時、結構緊張するんですけど、その緊張感から、相手が真剣に読んでくれるかどうかが」
 何となく分かる気がした。私も興味のあるものなら真剣に読むかも知れないが、興味のないものは、明らかに有難迷惑で困惑してしまうに違いない。そんな表情というのは表に出るもので、特に緊張して身構えている相手にはすぐに分かってしまうだろう。
「先輩は正直ですからね」
 人に気を遣う先輩だったが、同時に正直でもあった。気持ちが簡単に顔に出たとしてもそれは当然のことであろう。
 さらにゆかりは続けた。
「でも途中から顔色が変わっていったんです。次第に食い入るように内容を見ていて、明らかに興味を示してくれたのが分かったんです。私は嬉しくなりました。でも、その顔が鬼気迫るもので、少し怖い気持ちになったのも事実なんです。名高さんのそんな表情は後にも先にもその時だけでした」
 私も見てみたいと思った。何かに憑りつかれたように食い入るような表情。見たことのあない相手なら、なかなか想像もつかないだろうが、なぜか先輩なら想像できる気がした。名高先輩の顔を今さらながらに思い出そうとしたが、一度何かに憑りつかれた表情を思い浮かべてしまったら、その表情しか想像がつかなくなってしまった。もっとも、すぐに思い出すのだろうが、その時は鬼気迫る表情は頭の奥に封印されてしまうに違いない。
「和田さんは、どんな小説を先輩にお見せになったんですか?」
「その小説は、主人公がパラダイスを求めて旅をするという、冒険ダンたじーのような小説を書いていたんですよ。ちょっと子供っぽいかなと思ったんですが、だから名高さんに燃せるのもちょっと躊躇したんですよ。最初に興味を示さなかったのは、きっと子供っぽいと思ったからなんでしょうね」
 ライトノベルというのが流行っているのは分かっていた。サークルでもライトノベルを書く人は多い。私も名高先輩もライトノベルは苦手だった。小中学生が夢中になるものだと思い込んでいたからだ。
「ライトノベルって、それほど子供っぽくはないですよ」
 と他の部員に言われても、読んでみる気にはなれなかった。
「名高さんの書く小説は、大人の雰囲気を感じさせるんですよね。どこかブラックユーモアがあって、子供っぽさはあまりありませんでした」
 私が読んでもそうであった。先輩の小説には「キレ」がある。短編が主で読みやすいのだが、それも「キレ」を感じさせるからである。小気味よい雰囲気は、最初「キレ」から感じるだけだったが、読み込んでいくうちに、まだ読み終わらないラストまでが小気味よさに包まれているようで、読み始めたら最後まで読まなければ気が済まない気持ちにさせられる、
 それが先輩の小説が作り上げる世界であった。最後まで読んで、
「えっ、これで終わりなの?」
 と思わせる作品がいくつもあった。何度か読み返してみると、その都度感じるイメージが違っている。
 もし、私がこの話だけを聞けば、よほど分かりにくく、面白くない作品に違いないと思うことだろう。
 和田さんの作品は、きっと名高先輩の作品には遠く及ばないかも知れない。それは和田さんに限ったことではなく、相手が誰であっても同じことである。
「和田さんの小説を読んでみたいですね」
「ちょうど、名高さんの様子が変わった小説を持ってきたんですが、読んでみられますか?」
「ええ、読ませていただけるのであれば」
「もちろん、そのつもりで持ってきたんですから」
「じゃあ、拝見いたします」
 カバンの中から取り出した原稿は、ワープロに打たれて印字されたものだった。原稿の右上に一つ穴を開けて、綴じ紐で綴じられているのを見ると、どこかに投稿するつもりでいるのかも知れない。それとも投稿が日常茶飯事になっていて、綴じ紐で括るのが習慣になっているのだろう。
 和田ゆかりの小説も短編だった。先輩のような「キレ」はないが、丁寧さを感じる。文章の一つ一つに、それぞれ説明がついているのではないかと思うほど、細かい書き方をしていた。
 先輩とは逆に、一気に読み進むことができない。一つ一つ確認しながら読み込んでいくことになる。読み込んでいくといくら丁寧に読んでいても途中を忘れてしまっていたりする。そういう意味では丁寧な内容にも良し悪しが感じられる。私の方が忘れっぽいから感じることなのだろうか。
 それでも味がある話であることには違いなかった。和田さんという人の性格が見て取れそうだ。確かにファンタジーとしては、くどい雰囲気もあるが、ファンタジーとして読むからかも知れない。先輩が恋愛小説にブラックユーモアを埋め込んで、ある種の新しいジャンルを開拓したかのように、ファンタジー一本でない方が、小説としては面白いのではないか。恋愛小説の雰囲気をかぶせれば、面白くなるのではないかと思えてきた。
 ゆかりの小説は中途半端なところで終わっている気がした。
――ひょっとするとこれが、ゆかりの作法なのかも知れない――
 と感じた。先輩も最後をぼかすのがうまかったが、ゆかりの場合は、考えさせる小説であった。再度読んでみたいとまでは思わせるものではなかったが、ここに恋愛小説を絡んでくれば面白いものになるのではないかと思えた。
 先輩の小説と足して二で割ればちょうど面白いかも知れないと思った。それぞれに良いところが見えると、反対の悪いところが見えてくる。
 それから半月ほどが経って、また和田ゆかりが訪ねてきた。今度は、名高先輩が書いたという小説を持って、
「中西さんは、この小説を読んだことありました?」
 というのが訪ねてきた理由であった。
 ゆかりの手に握られていた小説は、穴も開いておらず、原稿がバラバラになっている。しかも、よく見ると、作者の名前も書かれていない。最初は、
――投稿の予定がないのだろう――
 と思ったが、読んでみると、どうやら、まだ完成していないようだった。
 ストーリーとしては完成していて、推敲が重ねられていないというわけではなく、明らかにストーリー自体が完結していないのだ。
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次