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短編集69(過去作品)

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 自信と勇気、それぞれに似ているように思うが、実は相反するものではないかと私は感じていた。自信を持つことで勇気が生まれることもあるが、勇気を持つことが本当に自分の自信につながるとはいいがたい気がしたからである。むしろ、勇気を持つのは自分に自信がないからなのかも知れない。自分に自信がある人には、勇気など必要がないのではないかと思えた。
 実はそのことで名高先輩と話をしたことがあった。
「確かに勇気と自信を一緒に考えてしまうのは危険があると思うね。そういう意味では中西の言うことにも一理あると思うぞ」
 名高先輩に褒められると、口調も滑らかになる。
「そうでしょう。自信を持っている人が皆、勇気があると感じてしまうと、それを人に押し付けてしまうような気がするんですよ。それも怖いでしょう?」
「でもな、それは本当の勇気じゃないように思うんだけど、違うかい?」
 名高先輩のいうことに少し疑問を感じてしまった。その時の名高先輩の話を理解できなかったことが今の後悔に繋がっているのかも知れない。それ以上私が名高先輩に聞くことができなくなったからである。
 その時、先輩の携帯に連絡が入った。
「ごめん、話の途中になったけど、急用ができたんだ。今度で悪いけど、今日はこのままお開きにしてくれないか?」
「いいですよ、今度またご連絡しますね」
「ありがとう」
 と言って、先輩は急いでその場から立ち去って行った。一人取り残された私は先輩の言葉を少し考えてみたが、堂々巡りを繰り返すばかりで結論が出るはずもない。出ない結論を求めて無駄に考えることをやめてしまったのだ。
 中途半端に考えて、結論が出ないことでやめてしまった考えを、再度考え直すことを私はしない。
「今度先輩に聞けばいいんだ」
 と思い、いつの間にか記憶からも消えてしまっている。これが自分の悪いくせであることも分かっているが、必要以上に考えないようにしている自分としては、あまり考えを増やしてしまうと収拾がつかなくなるとも思っていたのである。
 結局その後に先輩に会った時、この話をしなかった。一度しなければ、次はもう聞きにくくなってしまい、そのまま記憶に埋没してしまうことになる。それが自分の今までのパターンだった。
 そのことがそのまま後悔に繋がるなど、思ってもみなかった。先輩は結構忙しい人だった。友達も多く、人の悩みなどを聞いて助言することも結構あったはずだ。
 一度そのことで落ち込んでいる先輩を見たことがあった。
「俺の助言が、相手を傷つける結果になることもあるんだな」
 珍しく弱気になっている先輩だった。もしこれが他の人であれば、
「気になるなら、助言なんてしなければいいんだ」
 無責任な助言は相手を惑わせるだけだということを私は分かっている。中途半端に助言するくらいならしない方がいいとも思う。私は少々の自信のある助言であっても決してしようと思わない。そこまで責任を負いかねるからだ。
 先輩の助言は的確で少なくとも私にはありがたかった。だから、先輩には下手なことは言えない。先輩なら自分で答えが見つけられそうに思うからだ。
 先輩が失踪する前に私は夢を見た。
 出てきた人が先輩だったとハッキリと言えるわけではない。夢の中では顔がぼやけていて、実際に夢を見ている時は、その人が誰なのかということに対して、それほど重要に思っていなかったからだ。
 他の人が見る夢と比較したわけではないので分からないが、私が見る夢には私自身が主人公だという意識はない。もし私が主人公であったとしても、夢を見ている私と主人公の私は別人なのだ。つまり、私は夢を客観的に見ている傍観者にすぎない。
 夢から覚めるにしたがって、夢の内容を忘れていくのは、自分が主観的な目で見ていないからではないだろうか。もし主観的な目で見ていれば、夢の内容を忘れることもないだろう。逆に言えば、
――夢というのは忘れなければいけないから、主観的に見ることができないのだ――
 とも言えるのかも知れない。
 その時の夢も、私は客観的な目で見ていた。私はその夢には登場しなかったが、最初は主人公を自分だと思っていた。
 途中で、どこかおかしいのに気付いたのだが、私が付き合っている女性を捨ててまで、何かを探そうと思っていることだった。もし、私なら付き合っている女性を捨ててまで何かを探そうなどとしないだろう。探しているものが何なのか分からなかったが、漠然としたものであることは分かった。
――形のないもの――
 気取っていえば、「愛」や「恋」のようなもの?
 私にとってであればその程度なのかも知れないが、この主人公はもっと大きなものを探しているようだった。「愛」や「恋」なら、付き合っている女性を捨てるような真似は絶対にできないからだ。
 その人が付き合っている人を捨てるシーンは実に短いものだった。ドロドロとしたシーを思い浮かべてしまうことで、潜在意識が夢を短縮したのだろう。前後の事情で彼女が捨てられたということは分かったが、彼女の気持ちに関しては、私の夢では一切感じることはなかった。
 それにしても、どうして主人公が名高先輩だと分かったのだろう?
 今から思い出せば、この夢を見た頃に、先輩の失踪を聞かされた。夢の内容はすぐに忘れてしまったが、
――虫の知らせだったのかな?
 という意識が私の中にあったからだった。
 先輩と話をした時に「桃源郷」の話が出てきたのを思い出した。それは、先輩が読んだ本の話だったのだが、私にはまるで見ていたような話に聞こえた。先輩に陶酔していたこともあったが、桃源郷の話がリアルにも聞こえたのである。
 その本はファンタジーでもホラーもなく、恋愛モノだということだった。そういえば、先輩が書く小説にも、恋愛小説であるにも関わらず夢の世界が多く登場する。ファンタジーではなく、奇妙なイメージがする話だが、漠然として読んでいれば、支離滅裂に見えるかも知れない。
 だが、話の中でどこか繋がりを感じさせるところがある。
「ボカして書くところがミソなんだよ」
 と、先輩は話していたが、その表情には含み笑いが感じられた。話をしていて、小説の
中に入り込んでいるのかも知れない。何も知らない私に対して、小説の世界に引きずり込むことが楽しいようだ。まるで子供のような発想であるが、表情は大人じみた発想を思わせるものだった。
 私はあくまでも想像であるが、名高先輩は「桃源郷」を求めて旅に出たのではないかを思うのだ。ただ、先輩ほど人に気を遣う人が誰にも何も言わずに出かけたというところに、何か不思議なものを感じた。
 元々「桃源郷」なるものを最初に私が意識したのは学校の授業からであった。中学生の頃の国語の時間に、ふいに出てきた「桃源郷」なる言葉。中国の理想郷だということなのだが、
「本当にそんなものが存在するのか?」
 あるいは、
「存在しえるのか?」
 という疑問が大きかった。
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次