短編集69(過去作品)
と思うが、今までも確かに結構諦めが早かった。特に好きになった人に誰か好きな人がいたりすると、すぐに諦めてしまった。ハッキリと負ける気がしない相手でなければ、その人に譲ってしまう。勝ち目がないと思うからだ。何しろ彼女が好きな相手なだけに、最初からハンデがあるではないか、ハンデを感じると、どうしても二の足を踏んでしまう。それが私の性格なのだ。
ただ、諦めが悪い時もあった。一目惚れした女性だったのだが、私が一目惚れすることは珍しかった。高校二年生の時に同じクラスに転入してきたのだが、一目でとりこになってしまった自分は、その時確かに彼女がほしいという気持ちが最高潮になっていた。
彼女の名前は坂田由美子と言ったが、どうやら、彼女に一目惚れしたのは、私だけではなかったようだ。
「坂田さんっていいよな。他の女生徒にはない大人の雰囲気がある」
と噂しているのを立ち聞きしたことがあった。
――そうか、大人の雰囲気なんだ――
一目惚れをしたとはいえ、私は彼女のどこが気に入って一目惚れをしたのか分からなかった、一目惚れというのは、相手のどこがいいかなど考える前に好きになってしまうので、あとから考えてもピンと来ないことが多いのかも知れない。
坂田さんに大人の魅力があることに気付くと、さらに彼女を忘れられなくなった。元々可愛い女の子がタイプだと思っていた自分なのに、大人の魅力を感じさせる人に一目惚れするなど、安全に想定外であった。
さらに自分が女に目覚めた瞬間でもあったのだが、その時には気付かなかった。性的な感情を抱いていたことにも気づかなかった。ただ、身体だけは反応していたはずである。身体が反応しているのだから、それに対しての理由が見当たらないことで、余計な意識が芽生えてしまった。その意識は身体が反応してしまったことへの羞恥と、羞恥の相手は坂田さんにあることで、彼女の顔をまともに見ることができなくなっていた。
坂田さんも私に対して悪いイメージは持っていなかったようでむしろ好感を持ってくれていたようだ。
その話がどこかからか漏れてきて、私を有頂天にさせた。
一度有頂天になると私はとどまるところを知らなかった。坂田さんの夢を見るようにまでなり、まさに、
――寝ても覚めても坂田さん――
だったのだ。
坂田さんは私に対して一定の距離を持って接していたようだ。好感を持ってくれているとはいえ、私だけを相手にするのではなく、他の男性、あるいは女性仲間の目線も気になるのであろう。私などよりもよっぽど大人の考えを持っている坂田さんらしい考えだった。
いや、これは坂田さんに限ったことではない。私が焦っていただけなのかも知れない。何を焦る必要があったのか、切羽詰った気持ちに次第に駆られていったのだった。
――坂田さんは私が思っているほと私を見てくれていない――
坂田さんに焦りなどありえないわけなので、当然余裕を持った目で私を見る。私にはそれが苛立たしかった、その感情がいつの間にか、
――私がこれほど思っているのに分かってくれていない――
という思いに発展していった。独りよがりな考えであり、一番陥ってはいけない考えに陥ってしまったことで、坂田さんを困惑させることになった。
これが行動力のある人であれば、ストーカー行為に走ったりするのだろうが、幸いというべきか、私にはそこまでの勇気はなかった。
勇気という表現は適切ではない。ここでの勇気という言葉は皮肉を込めたものである。では一体何に対しての皮肉なのだろうか?
ストーカーに憧れているわけではないが、そこまでできる人を心のどこかで羨ましく思っているのかも知れない。もちろん、ストーカー行為など許されることではなく、自分勝手な欲望を満たすだけのものであることも分かっている。ただそれでも自分にできないことに対してできる人は憧れの対象であるというおかしな理屈が自分の中にあったのだ。
勇気が持てないという意味では私は小さい頃からそうだった。小学生の頃は苛められっこだったが、その理由を自分では分からなかった。正確な理由は、自分がキチンと理解できること以外は信じない性格だったからだ。
そのせいで、ほとんどのことに興味を持たず、勉強すらすべてに疑問を感じていた。
――どうして勉強しなければいけないのか――
と考えたのである。
皆のように、言われたからするということを子供の頃の自分には理解できず、なぜ勉強しなければいけないかを考えもせずに勉強している連中の気が知れなかったのだ。
それが態度になって表れたのだろう。自分で気づかないうちにまわりに対しての言動が角が立つものだったようだ。もちろん、私本人にはそんな意識はなくとも、まわりから冷たい目で見られ、
「あいつは勉強もできないくせに、生意気だ」
と言われるようになった。
苛めが始まったのは、三年生の頃からだったが、なぜ苛められるのか分かるはずもなく、まるでまわりから妬まれているかのような意識があった、ただ、その意識も実際には勘違いであり、妬まれていたと思っていたのが、本当は自分に対しての自信のなさを表に出したくない気持ちからまわりに対して冷たく当たった自分を認めたくない気持ちが妬まれていたと思い込ませたのかも知れない。
苛めは五年生くらいまで続いた。四年生の時に、私はふとしたことから勉強をする意義を自分で見つけた。大したことではなかったのだが、勉強をすることで、何らかの見返りのようなものが得られると、勝手に思い込んだのだ。
それこそケガの功名というべきか、元々一つのことに集中するとまわりを忘れるくらいに熱中してしまう私だったので、成績はうなぎのぼりだった。親や先生のビックリする顔を見るのが楽しみなくらいに成績は上がっていき、最初は成績が上がった私に不信感を持っていたまわりの連中も、認めないわけにはいけないと思ったのか、一人ずつくらいのゆっくりではあるが、苛めが減っていった。
次第に勉強を教えてほしいという人も現れるくらいで、私とまわりの間に築かれていた壁は一気に崩壊していた。ただ、私は運がよかったのかも知れない。一歩間違うと、成績が上がったことで有頂天になった私に対してのまわりの反発がさらに拡大した可能性もある、今度こそ妬っかみというものであろう。
自信が持てなかった私が、一時期とはいえ、自信過剰なくらいになった。自信過剰になったおかげで苛めも止み、友達もできたのだ。一歩間違えればという意識は私にもあったが、うまくいったことで、これからも自信を持つことが自分の取り柄だと思うようになっていたのだ。
しかし、それは本当の自信ではなかった。少し突かれるとすぐにヒビが入るような薄いガラスのようなものだった。幸いにもまだ割れたことはないので、実際に割れるとどうなるかが怖い。そのことも分かっているので、一歩先に踏み込むのに躊躇してしまう。要するに勇気が持てないのだ。
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次