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短編集69(過去作品)

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桃源郷



                 桃源郷


 慕いたる
  兄と思しき信頼の
   彷徨いたるはいずこへと誘う

 私こと、中西には兄として慕うにふさわしい先輩がいる。高校の先輩であるが、奇しくも同じ大学に入学していた。学部は違うが、待ち合わせては一緒に食事をしたりしていた。名前を名高さんというが、尊敬に値する人物である。
 高校時代は同じサッカー部、私が入部した時のキャプテンだった。新入部員から見れば三年生は雲の上の人、話をするのもおこがましいとさえ思っていた。特に私は引っ込み思案で、人に話しかけるなど、そんな度胸すらないと思っていた。
 そんな私にも先輩は気軽に話しかけてくれた。
 何度か一緒に食事に誘われることで、やっと私も先輩に話しかけることができるようになった。何しろ最初から先輩に誘われる時は一対一だったからだ。ただ、人数が多い方が却って話をしなくなる。私が話さなくても他の誰かが話すだろうという考えからだったのだ。
 先輩もそれを分かっていたのかどうなのか、
「お互いに話しやすいと思ったんだ」
 と後から話してくれたが、先輩の考えはそうだろう。きっと私の本音を知りたいと思ってくれたのか、それでも、私はなかなか本音を言わなかった。
 正直、何が本音なのか分からない。自分の気持ちを表すということに戸惑いと恐怖すら感じていた。相手がどう思うかという問題よりも、露骨に嫌な顔をされたら嫌だった。いつもビクビクしているせいか、相手の表情からその時の心境を読み取ることには長けていた。
 かたやサッカー部のキャプテン、かたや入部したての新入部員では、まわりから見られる目を想像すると不思議なものだった。
 最初は、
――こんなすごい人と話をしているんだ――
 とわれながら鼻高々だったが、そのうちに、まわりの自分を見る目が先輩との比較でしかないことに気付くと、情けなくなってきた。
――最初から気付いていたはずなのに――
 鼻高々な気持ちが、比較される情けなさを打ち消していたのかも知れない。それを思うと、私はいつもどこかに「逃げ」の姿勢を抱えているのではなかろうか。
 先輩は決して自分を良く見せようとはしない。飾ることもない。いつもありのままの自分を出している。女性から見ればこれほど魅力的な人もいないだろう。男性の私から見てもそうなのだ。だから余計に、先輩に苛立ってしまう自分もいたりする。
 もし、先輩がメッキで飾られた形だけのキャプテンであれば、私もこんなに複雑な気持ちにならないだろう。嫉妬というわけではない。逆立ちしても適うはずのない相手なのだから、嫉妬するのとは違っている。憧れがないわけではない、しいて言えば、
――憧れの裏返し――
 になるのではないだろうか。
 裏返しの裏返しが同じものになるわけではない。違ったものに変わってしまうこともあるだろう。私の場合の憧れも、元々ひっくり返す前のものに、もう一度ひっくり返して戻るわけではない。
 最初が嫉妬だとしても、戻ってくるところは嫉妬ではない。そこが不思議な感覚を醸し出しているのだ。
 人に対しての憧れは、なれるものとなれないものに分かれてしまう。なれるものであれば、必死になってしがみついてでもなろうと頑張るが、どんなにあがいてもかなわないものであれば、それはもはや憧れではない、架空のものとしての創造に匹敵するものだ。創造は決して憧れではない。だから、裏返しも嫉妬ではないのだ。
 先輩は三年生になってもサッカーをやり続け、県大会で優勝するまでになっていた。全国大会ではさすがに勝ち抜けなかったが、
「悔いはない」
 という言葉通り、その後の先輩が打ち込んだ勉強は半端ではなかった。
「寝る間も惜しんで勉強しているらしいぞ」
 という話があるくらい、サッカーをやっていた頃に比べれば、明らかにやつれていた。
 しかし、目の色の輝きは、サッカーをしている時と変わらなかった。その証拠にやつれているわりに、笑顔に違和感はない。そんな先輩を見ていると、やはり嫉妬などという言葉は当てはまらない人だということを思い知らされるくらいだった。
 先輩は、サッカーでの推薦という話ももちろんあったのだが、断った。
「俺は、実力で大学に入りたいんだ」
 という意気込みは本物だったのだ。見事に一発合格。担任の先生も正直驚いたと言っていたくらいだった。
 私は高校時代をサッカー部で通した。憧れの先輩を目指そうと思ったのだが、なかなかうまく行かず、サッカー部でもサブのような存在だった。それでもめげずに三年間通したことは誇りであり、財産だとまで思えていた。
 三年生になると、受験勉強に精を出すようになった。籍は置いていたが、簿価つに出ても後輩の指導が主で、自分から練習するというわけではなかった。これはサッカー部に限らずどこの部でも恒例となっていて、一応、高校はスポーツが盛んな学校というよりも、どちらかというと進学校としての方が世間では知られていた。
 私も受験勉強にまい進したわけだが、進学したい学校は最初から決めていた。先輩が進学した学校を目指していたのだ。
 先輩が卒業してから、あまり先輩と会っていたわけではないのだが、憧れを持つには十分な存在だった。サッカーをやりながら、推薦を受けることもなく試験にパスして進学したのだから、尊敬に値するのは当たり前のことだった。
 先輩は法学部に入学していたが、私は経済学部を目指していた。目指す大学の看板学部は法学部、だすがに自分の実力では難しく、自分の実力で合格できるところを模索すると、経済学部だったのだ。
 さすがにサッカーばかりに集中していた二年間から比べれば受験勉強はきつかった。それでも何とか頑張ったおかげであろうか、春の気配を感じられる頃には吉報を得ることができた。
 両親の喜びはひとしおだった。サッカーに熱中していた時には、
「本当に大学に行けるのか心配だったのよ」
 と二年生の頃までのことを振り返っていた。
「実は俺もそうなんだ」
 と笑って見せたが、今だから笑えるというもので、おかげで自分に自信も持つことができた。
「やればできるのよ」
 今までなら皮肉にしか聞こえなかった言葉も、その時は身に染みたものだった。大学に入学できたことで、一安心したのか、それから二日ほど発熱で寝込んでしまった。緊張の糸が途切れた瞬間だったが。その時は、緊張の糸が途切れた音が聞こえたような気がしたくらいだったのだ。
 大学に入ってサッカーをしようとは思わなかった。実はキャプテンをしていた先輩クラスでも大学でサッカーはしていない。理由を訊ねたが、
「やりたいことがあるからね」
 という答えが返ってきた。高校までの先輩を見ていると、サッカー以外に何をしたいというのだろう?
 確かに推薦を使えば危険を冒すこともなく大学には入学できる。しかし、
「サッカーができなくなってしまえば、そこまでだ」
 という考えもある。
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次