短編集69(過去作品)
聖子さんはそういうと、私の敏感な部分に愛撫を加えた。意識が遠くなる中で、私以外の男性にも同じことをしているのではないかと思うと、嫉妬心がこみ上げてくるのだった。
聖子さんの愛撫は懐かしさを感じる。身体の芯からこみあげてくるというよりも、触れた瞬間に電気が走ったように感じ、最初は痛さを感じたが、次第に心地よくなっていく感じである。刺激の強さが次第に快感に変わってくるのだ。
眠気も感じてくる。睡魔が襲ってくるというほどの強さではないのだが、抱かれた感覚と、抱いているという両方の感覚からやってくるものだった。
クーラーを入れると寒い。かといって切ったままだと湿気を帯びた空気に気だるさを感じてしまい、纏わりついてくる湿気に身体が重たくなってしまうのだった。
聖子さんは、さらに私の敏感な部分を責めた。
――彼女のどこがいいなりなんだ?
と、自分の勘が間違っていたように思えて仕方がない、それだけ女性というのを分かっていないという証拠であろう。
「おおっ」
思わず私の我慢を超えた吐息が漏れてしまったが、その瞬間に、聖子さんの様子が変わった。
責め続けていた聖子さんの手が止まり、仰向けになって、私を待ち受けているように思えた。足を軽く開き、
「どうにでもして」
と言わんばかりの態度に私は戸惑いながらも、ここからが私の本領発揮と、張り切っている自分を感じたのだ。
私の指が今度は聖子さんの敏感な部分を責める。
「すごいわ。乾さん。素敵だわ」
私の顔を、潤ませた目で見ているかのように見上げている。
「聖子さんが素敵なんじゃないか」
「嬉しいわ。私、そんなこと言われたことないから、とっても嬉しいの」
「聖子さんだったら、素敵だと思ってくれる男性は他にもいるんじゃないかい?」
心にもないことを口にしている。確かに聖子さんなら他の男性から好かれても不思議ではない、だが、意識していないのなら、何もここでいうことはないだろう、私が聖子さんを独占したいと思っているのだから、他の男性のことを、しかも二人きりで愛し合っている時にいうのもおかしい。だが、それは半分は自分に対しての戒めで、聖子さんがいかに私を想ってくれているのかを確かめたい気分でもあったのだ。
聖子さんの身体は、私が想像した通りに動いた。
――どんな反応を示すだろう?
と思っていることは、すべて思い通りの行動を取る。どのように快感を貪るのかというのは、人それぞれのはずで、今までに経験した人、それぞれで反応は違っていた。
中には演技も含まれていただろう。演技が加わると想像もできなくなってしまう。私の想像通りに動いてくれるということは、それだけ私との相性が合っているということで、しかも演技などしていないということだ。
演技は相手に失礼であるが、ベッドの中では一概に失礼だと言えないのではないだろうか。相手の喜ぶ顔が見たいというのは、誰もが思うことではないだろうか。
――聖子さんに洗脳されているのかも知れないな――
私の想像通り動いているだけではなく、聖子さんの身体の動きを私が想像できたように思わせることがもしできるのであれば、それは洗脳に近い感覚である。私は聖子さんを好きだという感覚もまさか洗脳ではないかと思うと恐ろしい。
――では何のために?
考えられるのは坂口のことだ。坂口から何らかの蹂躙を受けていて、そこから逃げ出したいと思っているからではないだろうか。そんなことを考えていると、私は聖子さんがさらにいとおしく感じられるようになった。
聖子さんが私を何らかの理由で利用しようとしているのであれば、それでもいいように思えてきた。私も聖子さんのためであれば何でもしたいと思うようになっている。やはり洗脳されてしまったのだろうか。
聖子さんには私を洗脳しようという気持ちはないようだ。無意識のうちに相手を自分のとりこにしてしまう感覚は、先を見ていてはできないように思う。少なくとも一緒にいる時だけでもその瞬間瞬間を大切にしたいという気持ちがあればそれだけでいいのだ。
聖子さんと私は一緒に果てることができなかった。私に方が先に我慢できなくなってしまったのだ。
「いいのよ。あなたはあなたなんだからね」
と言って、慰めなのか分からない言葉を発していた。だが、どういう意味なんだろう。誰かと比較しているようにも取れる。聖子さんは私と一緒にいて、誰かと比較しているとでもいうのだろうか。私には分からなかった。
ホテルの部屋を出ると身体の疲れが一気に噴き出した。さすがにまだ二人で部屋に泊まるだけの気持ちはなく、お互いに家に帰ることを望んだ。私の場合は会社のこともあり、翌日の仕事の資料が家に帰らないとなかったのだ。たまたま翌日がそういう事情だっただけで、私とすれば本当は泊まりたかった。だが、聖子さんが帰ると言い出したことで、泊りという選択肢はそこでなくなってしまった。
聖子さんを自宅近くまで送り届け、私はそのまま家路へと急いだ。歩いて帰れるほど近い距離だったとは、実はその時まで知らなかった。聖子さんも今は家を出て一人暮らしをしていた。どうやら、スナックのアルバイトの件で、親と揉めたという。それならばということで一人で部屋を借りたのだ。
「コーヒー入れるわよ」
と聖子さんは言ってくれたが、私としては夜も遅いので早く帰りたかった。
「今日は、遠慮しておきますね」
実際には、恥かしいというのもあった。さっきまで一緒の部屋で抱き合っていたのに、もう一度明るい部屋で今度はコーヒーを飲むというのは、何となく恥かしい。その気持ちは私の方にだけあるだけで、聖子さんにはないようだった。
――誘った方には恥かしさがないのかな? それとも女性から誘ったということで、聖子さんだけが特別なのかな?
と考えたが、私には聖子さんだけが特別な気がして仕方がなかった。今日という一日がこれからの二人にどういう意味があったのか、考えてみようと思ったが、きっと堂々巡りを繰り返して頭の中がまとまらないに決まっている。
家までは住宅街を抜けてからゆっくりとした上り坂を歩いて行くことになるのだが、実際にこの道を歩くのは、本当に久しぶりだった。
聖子さんが借りている部屋から自分の家までは歩いて二十分程度だろうか。普段から歩くことにはあまり抵抗のない私にとってちょうどいい距離だった。ただ、さっきまでは一緒に歩いていた人がもう隣にはいないという寂しさがあった。それでもこれからの二人の仲が暗転するわけはないという思いがあるからか、暗い道でも心は晴れやかである。
「聖子さんは帰ったらすぐに寝ちゃうのかな?」
シャワーは浴びなくてもいいだろうし、食事も済ませている。そのまま寝ても問題ないだろうが、私にはなかなか寝ないような気がして仕方がなかった。
――私を想っていてほしいな――
などと、勝手な想像をしてしまったのだった。
私を想っていたのかは別にして、聖子さんは眠れなかったようだ。絵を描くのが好きだと言っていた彼女は、その日、部屋にある一輪の花をスケッチしていたのだ。次に会った時に見せてくれたが、
「これはよくできてるね」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次