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短編集69(過去作品)

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 私も考えたことがあると答えたが、すぐに否定した。きっと私が男だからであろう。与えられるなど男としてはまるで屈辱的なことのように思えるのだ。求めることも相手がいれば与えることになるのだと思うのであって、与えることを忘れないようにするためにも、求めていくことが大切だと思うのだった。
「アリとキリギリス」という童話があったが、あれも考え方の相違でニュアンスが変わってくる。働き者のアリは、必死にエサを集めて冬支度。しかしキリギリスは呑気に音楽を奏でて、怠けているという見られた方だ。だが、これも考えてみれば、アリは自分のことだけを考えていて、キリギリスは怠けているように思うが、音楽を奏でることによって、大衆に喜びを与えているのかも知れない。一概に怠けているという表現はアーチストに対して失礼ではないかと思うのは私だけであろうか?
 要するに見解の相違で、まったく逆の目が見えてくるのだ。
 ひょっとすれば童話や昔話というのは、定説とされる道徳や、理念への反発も裏に隠されているのではないかと思えてくる。私の勝手な発想に過ぎないかも知れないが、アーチストの中には私と同じ考えの人もいるかも知れない。当事者でない私がそうなのだから、アーチストにすれば身につまされる思いがしていることだろう。
 私は天邪鬼ではないかと思うこともあった。人が考えていることの逆を考えてみる、人が考えないようなことをわざと考えるのは快感だったりもする。何か新しいものを見つけた時の爽快さは、その時になってみなければ、分からないというものであろう。
 天邪鬼だと思うのは他にも理由がある。
 子供の頃のジレンマがそうさせるのだ。あの頃にはジレンマという中途半端な立場に追い込まれ、どちらにも属さない自分の存在価値すら疑ったものだ。私はそんな自分の運命を恨んでみたが、よく考えれば他の誰も私と同じ立場の人がいないのだ。そう思うと少し気が楽になり、中途半端な立場を解放されても、あの時に感じたことを忘れなかった。
 本当なら忘れてしまいたいはずなのに、忘れようとしても忘れられない。
――私以外の人でも同じ立場になればそうなのだろうか?
 と考えてみたが、どうも違う。私だけが忘れないのであって、他の人は簡単に忘れてしまうであろう。忘れられないのは忘れたくないという簡単な理屈で、その理由が他の人が味わったことのない立場を自分だけが味わったという事実である。
――俺って、本当に天邪鬼だ――
 と思ったが、それも悪い意味ではないかも知れない。
「信二がね、子供の頃にね。『俺がお姉ちゃんを幸せにしてやる』って言ったことがあったのよ。それを今でも忘れられないのよ」
「それって、聖子さんが坂口のことを好きだっていうこと?」
 晴天の霹靂に、どう答えていいか戸惑ったが、すぐに意を決して聞いてみた。どう聞いても結局は同じこと、ストレートに聞くのが一番手っ取り早いではないか。坂口からも姉を好きだと告白されていたが、それは聖子さんの気持ちが結びついていないと思ったからである。お互いに気持ちが今は結びついていないからいいが、結びついてしまうと、お互いに苦しむことになるだろう。しかもその時には私が間に入っている。またしてもジレンマに陥ることになるが、もうあの時のようなジレンマはごめんだと思っているだけに、私はどうしたらいいのだろう?
「そうなのかも知れないし、違うかも知れない。ただ、信二がそう言ってくれた時、私は幸せは与えられるものだって初めて感じたんだと思うの」
 坂口にそれだけの説得力があるとはビックリだった。相手が男と女で違っているし、それが肉親かどうかというのは、さらに意味深である。坂口にとって聖子さんはただの姉として映ったわけではないのだろう。
 あれからしばらく経ったが、坂口の気持ちも変わっていないだろう。それを聖子さんが知ってか知らずか、しかも聖子さんは弟に対しての気持ちを密かに抱きながら、私に抱かれたのだ。黙っていればいいものを、正直に話してくれたりして……。聖子さんや坂口の心の底にあるもの、それがどこに繋がっているのか気になって仕方がない。それが赤い糸であるならば、私はとんだピエロではないだろうか。
 ピエロを演じるのは、もう嫌である。少年時代の中途半端な立場に叩きつけられることになったトラウマ、あの時の心境を表現すると、あれは私であって私ではない。操り人形であり、傀儡なのだ。『くぐつ』とも『かいらい』とも読む。『くぐつ』の場合は、自分が操られていることを意識しているが、『かいらい』ともなると、意識していない方が多いのではないか。傀儡国家などという言葉もあるが、いかに操られている相手を騙し続けることができるかどうかが問題になってくる。もし騙し切ればければ、内側から崩壊するのだ。子供の頃の私は『かいらい』だったのかも知れないと思う。後になって気付いても、いわゆる後の祭りだったのだ。
 今の問題は恋愛である。子供の頃のように目に見えるものではないだけに、厄介なのかも知れない。だが、私は一度でも『かいらい』の経験を持っている。しかも気付いてしまった以上『かいらい』ではない。『くぐつ』をいかに乗り切るか、それは今の私に与えられた課題であった。
 私が聖子さんに抱く感情は、可愛らしさの中に隠微なものが感じられ、相手に対して決して逆らうことのできない運命のようなものを感じた。それは相手にいいなりになるという感覚で、従順をさらに飛び越したものだった。
 ただ、それは好きになった相手にだけのもので、他の人にはむしろ自分の意見を押し付けかねないほど強気な部分を持っている。
 スナックなどに勤めていると、そんな感情になってしかるべきだと思うが、好きな男性に従順なのは持って生まれたものなのか、それとも誰か影響を与えた男性がいたのか、少し気になるところであった。もし影響を与えた男性がいるのだとすれば、私にとっては意識せざる負えない相手で、いつ何時その相手が現れるか意識し続けなければいけないと思うからだった。
――まさかその相手は坂口ではあるまいな――
 お互いに惹き合っていることを分かっているとすれば考えられないことではない。血の繋がった姉弟ということで、お互いに禁断を意識しているので、辛い思いをしているのではないかと思うが、そこに私が割り込んで大丈夫なのかという危惧もある。
 いいなりになる聖子さんを思い浮かべてみた。今私の腕の中で安心しきって顔を埋めている聖子さんをどのように蹂躙しようかと私はよからぬことを考えているようだ。
 強く抱きしめると、聖子さんも身体をよじって私にしがみついてくる。
「寂しいの」
 小さな声であるが、その言葉は予期していた言葉ではないはずなのに、私は無言で頷いていた。
「聖子さんのそばには誰もいないのか?」
「そんなことはないんだけど、そばにいてほしいと思っている人がいてくれないの?」
「それは坂口のことかい?」
「そうかも知れないけど、信二とは違う気がするの。私には運命の人がいて、その人と知り合ったのかどうか、まだ私には分からない。私を好きにさせてくれる人、その人を私は待ち続けているの。ひょっとしたら、あなたかも知れないし、違うかも知れないの」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次