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異次元の辻褄合わせ

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――それにしても、人の気持ち悪さを見て、自分も気持ち悪くなるなんて――
 と、気持ち悪さが伝染するなどという思いを、今までに感じたこともなかった。
「うっ、うっ」
 と、自分では声を発していると思っていたが、実際に声を発しているのかどうか分からなかった。
 何しろまわりの人はまったくのポーカーフェイスで、まったく誰も反応してくれる人はいなかったのだ。
 立ち眩みを起こすことは以前から結構あった。そのせいもあって、立ち眩みを起こしそうな時は、事前に分かっていた。その日も、
――何となく、気分が悪いわ――
 とは思っていたが、立ち眩みを起こす日とは少し違っていた。
 その日は湿気もなく、立ち眩みを感じるような日ではなかったはずだと思っていたのに、どうしてこんなことになったのか、その時はよく分からなかった。
 それでも、実際に立ち眩みを起こしそうになった寸前には、
――このまま倒れこみそうな気がする――
 と思った。
 それが立ち眩みによるものであることはその時初めて感じたはずなのに、その時になって、まるで最初から分かっていたかのように感じたのは不思議だった。この感覚を覚えたことで、普段の予見できていたことについても、最初から分かっていたわけではなく、その時になって初めて分かったことを、最初から分かっていたかのように錯覚したことで、意識がすれ代わっていたのではないかと思えてきたのだった。
 立ち眩みがある時、目の前にまるで蜘蛛の巣が張っているかのように見える。急に明るかった視界が暗くなり、見えていたものが見えなくなりそうな気がするのだった。
 しかし実際には見えていて、いつ見えなくなるのかということを意識しているうちに、立ち眩みが襲ってくる。それまで立ち眩みを意識しながらも、本当に倒れてしまうという意識までは程遠いと思っていた。だからいつも急に襲ってきたと思うのは、程遠いと思っている意識が遠かったせいなのかも知れない。
「大丈夫ですか?」
 と遠くから声が聞こえた。
 その声を感じた時、目の前が真っ暗だと思ったのは、どうやら目を瞑っていたからだろう。
 その声の主を探そうと目を開けたのは、無意識のことだった。
「ええ、大丈夫です」
 声に出たのか出なかったのか、宙に浮いていると思ったあいりの身体を支える誰かの存在に気が付いていた。
 大丈夫と言いながら、目を何とか開けてみたが、その時に見えたその顔は真っ暗なブラインドに包まれているかのようだった。
 それは考えてみれば当たり前のことで、自分が仰向けになって倒れているので、その向こうには電車の中の照明があり、その間に自分を助けてくれた人の顔があるのだから、逆光になって顔が確認できないからである。
 当たり前のことだと気づくまでには、それほど時間はかからなかった。意識が正常に戻る前に、頭の回転の方が正常に戻っていたようで、自分がどのような態勢でいるのか、どうしてそのような態勢になったのかということまでは理解できていた。
 ただ、立ち眩みを起こした原因までは頭が回っておらず、目の前に迫りくるその人の顔を確認するのが怖い気もしていた。
「よかった。大丈夫のようです」
 と、遠くで声が聞こえた気がした。
 その声はおそらく、自分を助け起こしてくれた人の声で、あいりは意識のないままに、相手に安心を与えるような素振りをしたに違いない。
――意識もないのにな――
 と、あいりは自分のことを他人事として見ることはできていたが、実際に自分の中の意識が表に向いているという感覚はなかった。
――私の中にあるのは、本能だけなのかも知れないわ――
 と思うことで、自分がまるで動物にでもなったかのような気がしていた。
――動物になるとすれば何かしら?
 と思い、最初に思い浮かんだのは犬だった。
 犬は一番好きな動物なので、浮かんできて当然なのだが、その種類になると、なぜかゴールデンレトリバーだった。
 ゴールデンレトリバーは犬の中でも一番好きな種類ではあるが、自分を形容するには大きすぎる。女の子なのだから、小型犬であるべきだと思うのだが、その中でも種類が何なのかと言われると、すぐには答えられなかった。
――なるほど、すぐに答えられないから、最初にイメージしたゴールデンレトリバーを頭が想像してしまったのかも知れないわ――
 なるほどというほど大したことではないのだろうが、あいりはそんな自分も普通の人間なのだと思い、微妙な気持ちになっていた。
「人と同じでは嫌だ」
 とよく感じているあいりなので、普通の人間という言葉には抵抗がある。
 さらに、平均的な人間も嫌いであり、一つのことに特化した人間を尊敬するタイプのあいりには、微妙というには甘い感じがした。
 彼は他の人とは違って見えた。
 いわゆるイケメンというのとは程遠く、男性数人、女性数人のグループができたとすれば、きっと一人余ることになるだろう。数人余ったとしても、その中に必ずいるタイプで、あぶれた中でも一人だけでいるパターンであった。
 あぶれたのであれば、あぶれた人はそれぞれに別の意味で目立つのだろうが、彼の場合は存在を意識されることはないだろう。
「存在を消す」
 ということができるような人ではなく、自分の意志に反して存在がまわりに意識されないタイプの男性だと思えていた。
――こんな人を好きになる女性っていないんだろうな――
 とあいりは感じた。
 あいりも変わっているところがあり、そんな男性に興味を持つことがあった。
 人と同じでは嫌だという性格からよりも、もっとリアルな感覚で、
――この人なら競争相手がいない――
 という消去法の考えから、こんな男性に興味を持つのだった。
 そういうに対してだからこそ、余計にいいところを探そうとする。ただそれは他の女性が探す、
「いいところ」
 というわけではなく、あくまでも自分にとっていいところという意味で、それをリアルだという表現が一番似つかわしいと思っていた。
――人に興味を持つということは突き詰めれば『自分にとって』ということであり、むしろ誰にでも興味を持つというのは節操のないことで、信憑性に欠ける――
 と思っていた。
 薄れていた意識が少しずつ戻ってくるのを感じると、群がっていた人が一人ずつ離れていくのを感じた。
 それだけあいりの様子が心配ないということだったのだろうが、離れていく人を見ていて、
「なんだ、人騒がせな」
 と言葉にはしないが、そう背中が語っているように思える人がたくさんいた。
 そんな連中を心の中で嘲りながら、あいりは最後に一人残った彼を見つめていた。
 ひょっとすると、一人残された彼としても、置き去りにされた気分になっていたのかも知れない。
 だが、彼はそのバカラ立ち去ることはなかった。押し付けられて迷惑な気分になっているのか、一人残されてどうしていいのか分からないと思っているのかのどちらかだとあいりは思った。そんな考えを、
「ネガティブだ」
 と、あいりは思わない。
「自分だったら同じことを考える」
 という理論に基づいてのことだった。
 彼はあいりの肩に手を掛けて、とりあえずベンチに連れていった。
「大丈夫ですか?」
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次