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異次元の辻褄合わせ

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 実際に相手に対して無視することができる気持ちを宿すことはできたが、その代償として、あいりは、
――人に対して憤りを一度は感じなければいけない性格になったかも知れない――
 と感じるようになった。
 この思いは、中学に入る頃から持っていて、元々は小学生の頃に、まわりに対して自慢げな態度を取らないと、自分を表に出せないと感じた感情に似ているようだった。
 自分では、
「仕方のないことだ」
 と感じ、自分に言い聞かせていた。
 言い聞かせることであいりは自分の性格を少しずつ理解できるようになることを望んでいたのだが、その効果が本当にいい方に結び付いてくるかの保証はなかった。
 むしろ保証というよりも、逃げようとする自分への戒めのようにも感じられ、戒めなどというものを不要だと感じている自分の気持ちへの矛盾ではないかと思っていた。
 それこそ理不尽な考えであり、矛盾と理不尽から逃れられない自分をまたしても思い知ることになるのだが、あいりはなと名になってからというよりも、子供の頃の方が、余計に矛盾と理不尽を感じていたのだった。
 静香が完全に自分から離れてしまったことを感じたあいりは、ホッとした気持ちもあったが、心の中にポッカリと穴が開いたような気もしていた。
 静香という女の子は不思議な魅力を備えていた。一緒にいた時は、自分と似たところばかりを探していたが、離れてしまうと、似たところよりもお互いに持っていないところを確かめたくて似たところを探していたのではないかと感じた。
 それは静香も同じだったようだ。
 静香はあいりと疎遠になったことを後悔していたようだ。もちろん、あいりにはそんな素振りを見せることはなかった。少しでもそんな素振りを見せれば、あいりがまた自分にまとわりついてくるのではないかと思ったからだ。
 そう、静香はあいりが自分にまとわりついていたと思っていた。自分からは決してあいりに近づいていたという意識は持っていない。一緒にいた時はもちろんのこと、離れてしまってからも同じことだった。だから、あいりと疎遠になったことを後悔するはずもないと思っていたのに、どうして後悔しているのか、自分でも分からなかった。
 静香が自分のことを分からないと感じたのは、その時が最初だった。それまで、
「まわりのことはまったく分からないが、私ほど自分のことを理解している人はいないだろう」
 と思っていたのだが、
「今は自分のことも分からない、普通の人に成り下がってしまっているんだわ」
 と感じていた。
 静香は、ずっと自分が他の人とは違っていて。他の人にはない、何かいい部分があるのだと思っていた。そのいい部分というのは、皆が認めるというようないい部分ではなく、自分にとっていい部分という意味でのことである。
 こんなことを口にすれば、
「何、自分勝手なことを言っているのよ」
 と人から嘲笑われるに違いない、
 それでも静香はいいと思っていた。自分のことを人から好かれるよりも、自分自身が好きになれる方が、よほど嬉しいと思っていたからだ。
 そんなことを他人に話すと、きっと、
「やっぱり自分勝手な考えね」
 と言われるに違いなかった。
 静香とすれば、
「自分勝手のどこが悪いの」
 と反論したかった。
「自分で自分を好きになれない人が、誰かを好きになんかなれるはずがない」
 というのが静香の考えだったのだ。
 それは、
「おいしいと人に誇れるような料理を作っている料理人が、自分の作ったものを人から、おいしいと思うと聞かれて、少しでも謙遜するようなものだ」
 という考えに似ている。
 少しでも謙遜するということは、それだけ自分の料理に自信を持っていない証拠である。「少しでも自分の料理に自信が持てない料理人の料理を、誰が好き好んでお金まで払って食べるというのか」
 まさしく、その理屈である。
 あいりが静香と一緒にいて楽しかったのは、静香の中にそんな自分に対しての自信を垣間見ることができたからである。
 だが、あいりは次第にそれが、
「静香の自分への愛情なのではないか?」
 と思うようになった。
 あいりが考えた愛情というのは、まわりのことを考えないただの自己愛という意味であり。それが自己中心的な考えに傾倒していったことが、あいりが静香と疎遠になった一番の理由であった。
 静香の方とすると、あいりの中にある、
「絶対的な自信」
 に、最初は傾倒し、自分も彼女のようになりたいとまで思っていた。
 なぜなら、あいりは静香に自分との共通点しか見えていなかったからである。
 静香という女性は、人にあまり理解されないタイプであるが、その理由は、静香の中にあるフェロモンが、静香のことを正面から見ようとすると、自分と似たところをたくさん持っているかのように思えるような、まるで媚薬のような効果を持ったものであった。
 だが、それはあくまでも同調する意思を相手が持っていることから初めて成立するものであった。ほとんどの人は、そんな静香のフェロモンに気付きもしない。いや、気付いていたとしても、それはフェロモンではなく、近づくことを警戒させる危険な匂いにしか感じられないものであった。
 静香は、今まで自分が発するフェロモンに、誰も気づいてくれないものだと思っていたが、他の人の意識とすれば、
「入り込むと蜘蛛の巣に引っかかって。逃げることのできない蝶々をイメージしてしまう」
 ということを分かっていなかったのだ。
 蜘蛛の巣の存在にまったく気づくことのなかったのはただ一人、危険な香りを意識することなく近づいてきたあいりだけだったのだ。
 頼子の存在を知ったのは、静香と疎遠になってから、静香の存在を意識しないようになってから少ししてのことだった。一人でいることに違和感を感じないようになったのに、やっとだったはずだと思っていた自分が急に頼子が気になるようになったのは皮肉に思えることだった。
「負のスパイラル」
 という言葉への意識があいりの中でよみがえってきたからだった。
 矛盾と理不尽から、負のスパイラルという言葉を意識したのだが、その思いは静香と疎遠になったことはあまり影響していなかった。
 二人が知り合ったのは、本当に偶然だった。その日、偶然二人ともお弁当がなかったことで学校の食堂で同じ空間を共有していた。席は離れていたのだが、目が合ってしまったのだ。
 どちらかが先に目を合わせたのは、その時の状況は覚えていない。お互いに、
「相手が合わせてきた」
 と思っていた。
 相手が目を合わせてきたと思う方が、相手を余計に意識するものである。ただ、あいりの場合は意識してしまうと、目が離せなくなってしまう。そのことは静香と疎遠になる前から分かっていた。
 分かっていたというよりも、静香が気付かせてくれたと言った方がいいかも知れない。静香に気付かされてからというもの、あいりは、
――私にも同じように人に何かを気付かせることができるんじゃないか?
 と思うようになった。
 だが、そのことは誰にも言えずに、しばらく一人でいると、一人に慣れてしまって、
――このまま一人の方が気が楽だわ――
 と思うようになった。
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次