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異次元の辻褄合わせ

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「そうね。そういう意味では天体というのは、歴史や神学に通じるものだということができるわね」
 とあいりは言った。
 本当は、
「物理学も」
 と付け加えたかったのだが、それは敢えて言わなかった。静香の口から言わせたいと思ったのだ。
 だが、静香は肝心な物理学という言葉をなかなか口にしない。そこであいりは自分も天体に興味があるかのような誘う気持ちで日ごろ感じている「暗黒星」の話をすることにした。
「星の世界って、真っ暗でしょう?」
 とあいりがいうと、
「ええ」
 と、静香は否定することもなく答えた。
 静香の性格からいうと、何か反論があったとしても、話の途中で腰を折ることはなく、相手に最後まで話をさせて、そして論理的に相手の話に突っ込んでくるような気がしていた。
 話を聞いている時の静香の表情にはほとんど変化はなく、ポーカーフェイスを装っている。そんな彼女を見て、
「腹の底では何を考えているのか分からないところがあって、本当に怖いわ」
 と、静香のことを敬遠している人も少なくはなかった。
 もちろん本人の前で口にする人はいなかったが、あいりはそんな人のウワサを聞いて、
「え、ええ」
 と、どちらとも取れるような返答しかしなかった。
 だが、逆にいうと、どちらでもないと言えなくもない。そんな静香を見ていると、ポーカーフェイスを怖がっている人がいるのも分からなくもなかった。
 だが、あいりはそんな自分が嫌いだった。どっちつかずということはただ逃げているだけだという思いもあったが、そう思うのはいつも最初だけで、次第にそんなネガティブなことを考える自分を次第に他人事のように感じるようになっていた。
 話は暗黒星に戻る。
「星って、自分から光を発するか、発せられた光を反射して、光っているように見せることで明るく見えているのよね」
 とあいりがいうと、静香は静かに頷いた。
 あいりは続けた。
「そこでね。昔、ある天体学者がまったく光を受け付けない星というのを創造したのよ」
 とあいりが言うと、
「暗黒星のこと?」
 と、静香は返した。
 普段は相手の話を黙って最後まで聞いているというイメージしかなかった静香が、相手の話が終わる前に自らが発言するなどということは考えられないことだった。あいりは静香のそんな様子に少なからずの驚きを感じたが、なるべくその思いを表に出さないように努力をしたつもりだった。
「ええ、そうなの」
 相手に悟られないように努力をしたつもりだったが。さすがに図星を突かれたことで、あいりも図星を突かれたことへの興奮を隠すことはできなかった。
 すると、今度は静香が話し始める。
「暗黒星というのは、自らでは決して光を発しない。逆にいうとまわりの光を吸収してしまって、まわりにその存在を分からせないようにしている。それはまるで意思を持っているかのようで、天体全体の摂理に逆らっているかのように感じられるのよ。これは私の私感なんだけど、暗黒星の存在が本当に明らかになると、天体というものには意思があると言えないかしら?」
 と、何とも不思議な話だった。
 あいりは暗黒星の存在の可能性を本で読んだ時、大いに感動を覚えたが、その時に負けず劣らず静香の話は感動に値するものだった。
「中島さん、すごいわ。私はそこまで感じたことなかったもの」
 普段相手の話の腰を折ることのない静香が、この時に限って言葉を挟みたくなった気持ちも分からなくもない。
「この話題であれば、相手も納得するだろう」
 という思いがあったのだと思うし、あいりも実際に納得がいった。
 納得が行ったというよりも、新鮮な気持ちを与えられ、癒しとは違う心の余裕のようなものを外部から与えられたような感動に至っていたのだ。
「暗黒星って、私が知ったのは、あるミステリー小説で題材になっていたからなんだけど、中島さんは小説と読んだりするの?」
 とあいりが聞くと、
「ええ、たぶん、他の人が読むようなお話を読んでいるような気がするわ。でも一番好きなのは奇妙なお話でしょうか?」
「奇妙なお話?」
「ええ、ホラーとは少し違っているように思うんだけど、現実世界では信じられないと思っているようなことでも、普通の人がふとしたことで入り込んでしまうように設定された小説ね。実際に鏡が出てきたり、時間をテーマにしたり、アイテムが異次元だったりするお話を、いかに文章にして読者に伝えるかというところに醍醐味があるような気がするの。そういう意味で暗黒星が出てくるお話も、私にとっては大いに興味をそそったわ」
 と、静香は言った。
「私はミステリーが多いんだけど、でもその主人公の中で気に入っている人は、あなたのいう奇妙なお話のような謎解きをする人なの。そういう意味で私もひょっとすると、あなたのいう奇妙なお話にも傾倒できるかも知れないわね」
 半分冗談であったが、半分本気だったあいりは、静香を見つめながらそう言った。
「それは楽しみね。あなたがどんなお話を選ぶのか、私にも興味があるわ」
 と静香は言った。
 静香ともっと仲良くなれるかと思っていたあいりだったが、それ以降静香とは疎遠になってしまった。同じクラスなので学校で顔を合わせることはあっても、お互いに避けるようになっていた。
 ただそれはお互いに意識していないという意味ではなく、むしろ意識しすぎているために、相手を意識しないふりをするしかなかったのだ。
 二人はお互いに似ていたのだ。
 どこが似ているのか、二人の思いが共通していたのかどうかは分からないが、相手も自分と似たところがあるという意識があったということを意識していたように思えてならない。
 静香はそのうちに別の友達と話すようになった。あいりには静香が仲良くなった相手と自分が合うとはどうしても思えなかった。静香がどうしてそんな相手を友達に選んだのかあいりには想像もつかなかったが、最初は、
――私への当てつけなんじゃないか?
 と思ったくらいに、静香の選んだ相手は、あいりとは見ても似つかぬ相手だった。
 その相手はあいりに対して敵対心を剥き出しにしているようだった。
 あいりはそんな彼女を見て、
――何よ。こっちは別に何も意識もしていないのに、その反抗的な表情は――
 と感じて、決して気持ちのいいものではない相手の視線に憤りを感じていた。
 だが、その憤りを表に出してしまうと、相手の思うつぼに嵌ってしまう気がして、自分の中にしまい込んでしまうようになった。そんな性格を子供の頃に宿してしまったことで、その語のあいりの性格に大きく影響することになるが、そのことをあいりは分かっていたような気がする。
 自分のことを意識する目に対して、怖いと感じたのもこの時が最初だった。
 意識してしないつもりでも、意識しないわけにはいかないその視線は、逃げても逃げてもまるで追尾装置のついたミサイルのように、どこまでも追っかけてくる気がした。
――私は逃れられない――
 と感じると、無視すればいいと思っていた気持ちを変えるしかなかった。
 その感情が相手に対しての憤りであり、憤りを持つことで、そのうちに相手に対しての思いが変化することを願ったのである。
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次