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異次元の辻褄合わせ

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 あいりはこの事実を墓場まで持っていこうと思っていた。算数ができなかった時期も、算数が分かるようになってから成績がうなぎ上りによくなったことも、すべてをいいことのように考えることで、あいりは、
「算数が最初から得意だった」
 と思うようになった。
 そうなると、算数ができなかった時期を忘れてしまっていた。
 中学に入って、あれだけ得意だった算数から数学に変わったとたんに、急に数学が分からなくなったことが自分でも分からない。算数が最初は苦手だったということは覚えているのだが、どうして苦手だったのかということを後から思い返そうとは決してしなかったのだ。
 思い返そうとすると、小学生時代の嫌な思い出まで思い出してしまいそうで考えないようにしたのだった。
 小学生時代の嫌な思い出というのは、自分が苛められっ子だったということだ。
 どうして苛められっ子だったのかということは分かっている。それは自分が算数を分かるようになってからのことだった。
 それまでは算数だけではなく、他の教科も成績はパッとしていなかったのに、算数ができるようになると、他の科目の成績も上がった。同じように何かに引っかかっていたそれぞれの教科のタガが外れてしまったのではないかと思っていた。
 その頃になると、まわりのクラスメイトに対して、自分の存在を明らかにしたいという思いが強くなったようだ。目立ちたいという思いが先行し、勉強ができることをひけらかすようになった。
 それまでは勉強ができないことで人から何かを言われることもなかったくせに、勉強ができるようになると、自慢するようになったのだから、まわりとしては、それは面白くないはずだ。
 そのことをあいりは意識していない。ただそれまで隠れていた自分の存在を表に出したいと思っただけだった。
 しかし、まわりから見れば、
「出る杭」
 だったのだ。
「出る杭は打たれる」
 ということわざそのままに、まわりは出鼻をくじおうとしていた。
 だが、自分では自慢しているつもりはなく、ただ今まで隠していた自分の存在を表に出したいだけだったのに、自分を表に出そうとすると、どうしても人との差をひけらかそうとしてしまうのだ。
 今まで勉強ができなかった時には、まわりの人が自分に構おうとしなかったことが、気を遣っていることだと思ってもみなかった。ただ、構われないことが別に嫌ではなかったので、まわりを意識しないという意識が、自分の中で固まっていた。
 それが勉強ができるようになり、表に出たいと思うようになると、気を遣ってくれていたということをまったく無視して、自分本位の考えに落ち着いてしまうのだった。一人を敵に回すと、敵はどんどん増えてくる。その理屈は分かっているつもりだったが、一度敵に回してしまうと収拾がつかなくなる。
――そんな思いを、彼女は分かっている――
 と、あいりは静香を見ていて感じた。
 ただそれは静香が自分と同じ道を歩んできたから分かっているわけではないということも理解しているつもりだった。そういう意味で、静香はあいりと同じ思いを感じていると思うのは、早急な気がしていたのだ。
「私が物理学を好きになったのは、算数でも数学でも解けない謎がそこにはあると思ったからなの。でも、その謎を解くための最後のキーは算数や数学にあると感じているのも事実なの。そこには矛盾しているように思えているけど理屈としては通るものが存在していると感じるのよね。それこそが物理学の神髄であり、算数や数学に通じるものだと思うのよ」
 と、静香は言った。
「でも、物理学って数学や算数に通じるものもあるでしょうけど、化学に通じるものもあるんじゃないかしら? 物質という概念から考えると、地学や天文学も一種の物理学ですよね。広義の物理学というものを考えていくと、本当はこれほど面白いものはないと思うの。それだけに、物理学を一つの学問として押し込めてしまうことに、私は納得が行っていないんじゃないかしら?」
「なるほど、確かにそれは言えるわね。物理学を広義の意味で捉えている人は、基本から理解できていないのかも知れないわね」
 と静香は言った。
 この言葉を聞いて自分がどうして算数の基本の基本が分からなかったのか、少し理解できたような気がしたあいりだった。
「私がどうして物理学に興味を持ったのかというと、元々は天体に興味を持ったことから始まるの」
 と静香は言った。
「それは星の世界ということ?」
「ええ、そうね。小学校の四年生の頃、理科で星のことを習ったのよ。ちょうどその時、私は図書室で子供用の百科事典を見つけたのよね。それをおもむろに手に取ってみていたんだけど、私には天体の写真が一番綺麗に見えたの」
 と静香は言った。
「私だったら、植物とか風景写真の方が綺麗に感じるんだけど、言われてみると確かに星も綺麗よね」
 植物や風景写真をイメージしたことで口を開いたあいりだったが、話をしているうちに今度は天体をイメージしてみると、確かに静香の言う通り、天体の画像も綺麗な気がしてきて、思わず最初に言いたかったことを否定している自分がいることを感じた。
「確かに植物や風景画像というのも綺麗なんだけど、私には俗世間的なイメージに感じられて、それを思うと天体は完全な自然だと思って、しかも、広大な宇宙に広がっているものだと思うと、人間にそうやったって細工なんかできないように思えたのよ」
 静香の話を聞いていると、静香という女性は思っていたよりも冷めた目で見ているのではないかと思えた。天体に思いを馳せながら、地球上の自然に対しては他の人にはない冷めた目を持っているように感じられた。
「中島さんの言う通りなのかも知れないわね。私は天体を意識したことって今までになかったから、意識してしまうと、地球上のものが皆ちっぽけに感じられるような気がしてきたわ」
 というあいりに、
「一刀両断に決めつけるのはいけないことなのかも知れないけど、天体の写真を見た時に感じた思いは最初から、その写真には奥深さがあることに気付いていたのだと思うの。だから星を見ることで最初は癒しを感じていたのよ」
 と言った。
――癒しを感じていたのが最初だと言明したということは、次第にその思いが薄れていったということなのかしら?
 とも感じたが、最初だけだとは言っていないことで、静香という女性が本当は話をぼかすことに長けているように思えた。
 実際にはその通りだったのが、その意識は静香にはないようで、無意識の中だからこそ、相手に深みを感じさせるのだった。
 あいりも話の結末をぼかして話すことを意識するようになったが、意識してしまうとせっかく話をぼかしたとしても、相手にその意図が伝わることはなく、相手に引かれてしまうのがオチとなってしまうのだった。
「星のお話っていろいろな神話のお話もあるわよね」
 と静香は言った。
「ええ」
「神話のいうのは古代ギリシャやローマの神話に出てくる神様のお話だったりすることが多いでしょう。古代の人も同じ空を見て、その思いを神話として込めたのだと思うと、本当に神秘的な感じがするわ」
 と静香がいうと、
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次