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異次元の辻褄合わせ

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「記憶の奥に封印されてしまったのではないか?」
 と思うに至るのだった。
 ただ、この時のように、封印してしまった記憶がふいによみがえってくることがある。それこそ何かのきっかけによるものなのだろうが、そのきっかけというアイテムを遣って思い出すものが、
「きっかけ」
 というキーワードであるということは皮肉なことであった。
 確かあいりがあの時にきっかけについて考えたのは、勇気を持つということと比較したことだったように思えた。
 その記憶は、その時のシチュエーションがあってこそ、百パーセントになるのだろうが、今はあの時と場面の心境も、そして経過した時間にもかなりの隔たりがあった。当然、あの時の心境に陥るということはまったくできることではないが、それでもこの時、この瞬間に思い出すということは、それなりに何かを暗示させるものがあるに違いない。
 あの時に何を考えたのか思い出そうとしても、シチュエーションは思い出せないが、何をどう感じたのかだけは思い出せた。
「きっかけと勇気。きっかけとは人から与えられるが自分の中に入ってからは、辻褄合わせに入り込むものではないか」
 という意識を思い出した。
 まずきっかけは人から与えられるものであるということ。あいりが絵を描きたいと思ったのは、確かに外部からの影響を受けたからに相違なかった。
 だが、実際に描きたいと思うようになって行動に起こすようになるには、きっかけだけでは薄いものがある。最終的に描くという覚悟を決めるまでに至る間、そのきっかけは自分の中にあったのだろうか? あいりはそれを考えていると、深く考えれば考えるほど、きっかけが遠のいていくような気がした。
――きっかけから、覚悟までを考えてはいけないのかしら?
 とあいりは思うようになった。
 元々のきっかけは、画家の話の中にあった。
「大胆な省略」
 という言葉があいりの中に衝撃として残ったからだと思っている。
 大胆な省略という言葉がどうしてここまで衝撃的に感じられたのかというと、省略という言葉を、あいりは抹消というより、抹殺という意識に近さを感じたからなのかも知れない。
 抹消というよりも抹殺という方が、あいりにとってよりグロテスクなイメージを与えてくれる。本当は抹消の方が、この世から存在すら消し去ってしまうという意味で残酷なのだろうが、あいりは敢えて抹殺の方が自分の中でのグロテスクな印象を表してくれるものだと思っているのだ。
 ということは、
「大胆な省略」
 という言葉で連想する抹殺された被写体は、本当にこの世からその存在自体を消し去ることではなく、存在は頭の中に残しながら、表現することをしないということになるのではないだろうか。
 あいりがどうしてそんな発想になったのかというと、記憶に残しておきたくはないが、どうしても潜在意識の中であったり、封印される記憶、つまりは、自分の中でまったくなかったことにするまでの最終段階での受け口には残ってしまうものがあるということである。
 それは、自分の意志に反したものなのだろうか?
 あいりはそうは思わない。本当に抹消してしまいたいという意識があったとしても、思い入れが強いほど、封印される記憶という崖っぷちまできた時、どうしても消すことのできない記憶として封印してしまうのだろう。
「だから、その領域は無限大に近く、計り知れない質量を有しているのかも知れない」
 と思っている。
――ふふ、まるで物理学を考えているようだわ――
 とあいりは思い、思わず苦笑いをした。
 無限大であり、まるで崖っぷちに価しているその、
「記憶の封印」
 という場所からは、大海原が見える。
 見えるのは大海原と、ドロドロにくすんだ空の色だけである。
 真っ青な海や空ばかりを想像していたあいりは、荒々しいがけっぷcg比からの光景をどうして想像することになったのか不思議だった。
 絵を描くことができなくても、見ることは結構あった。美術館にフラっと立ち寄ることも多く、無意識に展示されている絵画を見ては、それまでせわしない世の中の一人として存在していたことを痛感していた。
 あいりは、崖っぷちを断崖絶壁として想像していたが、実はそんな感じではなかった。確かに少し高いところから見ているようだったが、眼下には砂浜が広がっていて、そこに打ち付けられる波は、砂に掻き消されているように見えた。
 そのせいもあってか、耳鳴りは聞こえているのだが、波の打ち付ける音が聞こえてくることはない。風もかなり強く吹いているにも関わらず、その威力を身体が感じることはなかった。
 寒さも何も感じない。風の強さからすれば、痛みも感じられそうだが、それもない。ただ、目の前の光景をずっと見ていると、風が目に突き刺さるようで、これだけは痛みを感じた。
 それなのに、瞬きは許されなかった。眼球が渇いてくるのを感じるのだが、目を閉じることはできない。ただ。痛みはある一定のところまで来ると、それ以上に痛みを感じさせない。それどころか、痛みが痺れに変わり、次第にマヒしてくるようにも感じられた。
 目の前の海はどんどん波が高くなっていっているようだが、最後には砂浜の砂に飲み込まれる。あいりに波が何かの影響を与えることはなく、この光景での波が、あいりにとってまったく意味をなしていないような気持ちになっていたが、波を無視することはできなかった。
 あいりは、真正面しか見ることのできない自分のその立場を何とかしたいと思った。
「夢なら早く覚めてほしい」
 という思いではあるが、それは夢だとはどうしても思えない。
 いや、
「夢であってほしくない」
 とも思うのだ。
 もしそれが夢であるとすれば、
「きっと目が覚めてしまうと覚えていないに違いない」
 と思ったからだ。
 夢というのは、怖い夢でない限り、
「目が覚めるにしたがって忘れてしまっていくものだ」
 という発想から来るものだが、崖っぷちにいるという夢は怖い夢であるはずなので忘れてしまうだろうと感じるはずなのに、忘れてしまうことを恐れているのは、どうしてなのだろうか。
 崖っぷちというイメージを怖い夢として意識していないのか、それとも、怖い夢でも忘れてしまわない夢もあるということを感じたからなのか、最初は分からなかった。だが、確かに崖っぷちに佇んでいるというのは、紛れもなく怖い夢である。しかも、この夢は記憶の奥に封印されるべきものではないと思っていた。
「じゃあ、記憶の奥に封印されないのだとすれば、どこに行ってしまうというのかしら?」
 と、自分に問いかけてみた。
 自分の心の中はその答えを知っているように思ったからなのだが、その答えへのキーワードが何なのか、すぐには思い浮かばなかった。
 だが、そのキーワードは自分のすぐそばにいて、その気配も感じているのだが、決して見ることのできないものであるという意識があった。
「そういえば、過去にこれと同じ感覚に陥ったことがあったわ」
 と、過去の記憶を思い起こしてみると、意外とアッサリ思い出すことができたことにビックリした。
 それは、頼子という友達ができた時に感じた思いであり、偶然見つけた図書館での本に書いてあった、
「暗黒星」
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次