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異次元の辻褄合わせ

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「私が思っている大胆さというのは、省略なんです。目の前にある光景を忠実に描くのが画家の仕事だとずっと思っていました。でも、目の前にあるものをいかに省略できるかということを考えるようになると、それこそが大胆さだと思うようになって、それまで何かに迷っていたと思っていたことのうろこが目から落ちた気がしたんです」
 インタビュアーは少し複雑な表情になった。
 ただ、その顔は予想に反した回答にガッカリしたというイメージではなく、どちらかというと、想像していた通りの答えを聞いたのに、自分の予想が当たったことへの感動がそれほどでもなかったことへの複雑さではないかと思えた。
「省略というと、どのような?」
 とインタビュアーが聞いた。
「省略というと抽象的ですかね。どちらかというと、抹消という方がいいかも知れません。最初からなかったという発想ではなく、実際にはあるものを自らで消し去ってしまうという行為を行うことが大胆さだと思うんです」
「それは作家のインスピレーションですか?」
「そうとも言えるかも知れませんが、僕の場合は、作家としての義務のようなものを感じるんです。自由な発想ではなく、画家としてやっていくうえで、避けては通れないものなのではないかと思うんです」
「でも、そんな発想は他の作家の先生にはないものですよね?」
 とインタビュアーがいうと、作家は少し渋い表情になり、
「果たしてそうでしょうか? 私にはそうは思えないんですよ。皆その発想は持っていて、敢えて封印しているのではないかと思うようになりました」
「じゃあ、その発想は画家になった時からあったんですか?」
「僕は、画家であったり、作家であったりという定義がどのあたりからなのか、曖昧な感じがします。いわゆるプロというのであれば、自分の描く絵がお金になったりすると、それはプロと言えるのではないかと思うんですが、果たして作家や画家というのは、プロとアマチュアという線引きに影響があるのかどうか、疑問でもあるんですよ」
 作家の先生のイメージが、それまで自分に対して頑なな自信を持っているように見えた雰囲気から少し変わったように思えた。
「どういうことでしょう?」
「僕も最初から絵が好きだったわけでもなく、絵を描けるようになるとは、まさか思ってもいなかったんです。だから僕の場合はあるきっかけから描けるようになったんですが、他の作家さんでも同じようにきっかけから描けるようになったというパターンの人も多いんじゃないかと思うんですよ」
「そうなんですね。私は作家になるには、生まれながらの素質のようなものがなければいけないんじゃないかって思っていました」
「画家を始めとした芸術家というのは、感性が必要不可欠な気がするんです。感性というのは、生まれながらのものだと僕はずっと思っていました。実際に今でもそう思っています。ただ、表に出ないだけで、それが何かのきっかけで出てくるということもありではないかと思うと、自分が絵を描けるようになった時、描かされていると感じたのも無理もないことではなかったかと思えるようになりました」
「でも、そう思うと、曖昧だと言われた芸術家の定義も、感性という考え方から見れば、分かってきそうな気がするんですが、どうでしょう?」
「僕が大胆な省略を絵画の世界に取り入れようと思ったのは、感性によるものではないかと思っていました。元々、絵を描き始めた時、『自分に絵なんか描けるはずがない』と思いながら、いわゆる半信半疑で描いていたはずなのに、気が付けばバランス感覚も遠近感も身についていたんですよ。そういう意味では生まれながらの感性が僕の中にあったのではないかと思うようになりました」
「それが大切なのかも知れませんね」
「感性というのは、今おっしゃった通り、何が大切なのかということへの探求ではないかと思っているんですよ。だから生まれながらに感じているものもあれば、きっかけから生まれる感性もあると思うんですよね」
「きっかけというのが何であれ、それは偶然ではなく、必然なのかも知れませんね。そういう意味では、やはり作家と呼ばれたり、プロになれる人というのは、限られた人たちではないかと言えるのではないでしょうか?」
「僕が大胆に省略する感覚になったのは、『何か一つを省いても、見た目に違和感のない作品』なのではないかと思ったんです」
「それって、将棋でいう『隙のない布陣』の発想に似ているような気がしますね」
 というインタビュアーの表現に、あいりはかつて聞いた話を思い出した。
 その感覚がまるでデジャブのように重なって、さっきまでとは少し違った印象でテレビ画面に集中しているのを感じた。
 作家の先生もその言葉に反応したようで、
「そうですね。一番隙のない布陣って、最初に並べた布陣なんですよね。一手差すごとに隙が生まれる。それが将棋というものですよね」
「ええ、あの布陣を考えた人って、そういう意味ではすごいと思いますよね」
「僕も今言われたように、省略するということは、鉄壁の布陣を自らで崩しているような気がしていたんです。省略するということは、大胆な気持ちにならないとできないことだと思っているんです。だから、省略するという言葉を使う時は、『大胆な』という言葉を頭につけるようにしているんですよ」
 と言われて、インタビュアーは少し考えていたが、
「なるほど、先生の省略という言葉を使う時は、確かに頭に大胆なという言葉がくっついているように思えますね」
 という言葉を、自分で納得しながら発しているように思えた。
「省略という言葉を発すると、やはり抹消という言葉と切っても切り離せない感覚になるのは、今話をしているだけでも僕は感じるんです」
「私もそう思えてきました」
「抹消という言葉を、抹殺という言葉に変えると、少し物騒な気がしますが、僕は絵の中での省略に関していえば、抹殺よりも抹消の方が怖い気がするんですが、気のせいでしょうか?」
 今度は作家の先生がインタビュアーに謎かけをしているようだ。
「それは言えるかも知れません。殺すという言葉は確かに物騒ですが、生まれ変わらせる力も感じるんですよ。例えば、お互いを打ち消して、相手とプラスマイナスを共有する言葉に、『相殺』という言葉があるくらいだからですね。でも、抹消の消すという言葉には、プラスマイナスと共有するという意味も、生まれ変わるという発想もありません。完全に消し去ってしまうだけにしかなりませんからね」
 インタビュアーの意見は的を得ているような気がした。
 これまでの二人とは、それぞれ立場が変わったかのように感じられた。今度は作家の先生がインタビュアーに意見を求めているかのように感じたが、sれもありではないかと思えた。
「発想になるネタはすでに出尽くした」
 という意味で、作家の先生の役目はいったんここで終わったのではないかと思えたのである。
 大胆な省略はあいりにとって本当に目からうろこが落ちたような話だった。テレビを見ていて自分がインタビュアーになったかのような錯覚を覚えたり、作家が少し考えている素振りを示すと、自分も何かを考えているということに気付き、今度は作家の気分になっていることに気付かされるのだった。
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次