小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

異次元の辻褄合わせ

INDEX|17ページ/26ページ|

次のページ前のページ
 

 ただ、その薄れていっているというのも、怖さを感じた延長線上にあるところから一直線に薄れていっているような感覚ではない薄れているというよりも弱まっているという感覚に近く、この違いは、元々の恐怖の元が同じものであるかどうかという根本的なところに由来するものであった。
 そもそももう一人の自分の存在が、どうして怖いのか。そのことを考えていたあいりは、頻繁にもう一人の自分の夢を見るようになって、怖さの度合いが変わってきていることで、怖さの正体を知る必要はないのではないかと思うようになっていった。
 あいりは。夢を見ている時、時々絵を描いていることがあった。
 実際に絵を描いてみたいと思ったこともあり、中学の美術の授業でお、絵画に興味を持って臨んだこともあった。
 しかし、あいりは絵に対してどうしても造詣を深めることができなかった。
 学校から、校外授業の一環として、美術鑑賞というものがあり、近くの美術館に学校から行ったことがあった、
 たくさんの絵画が展示されていて、そこにあるのは、当然名のある画家の手によるもので、美術的価値の高いものばかりである。
 皆、それなりに絵画に見入っていたのだが、その中のどれだけの人が、絵画を芸術として理解している人がいることだろうと思うと、何となくウソくさく感じられたあいりは、すぐにその場から立ち去りたいくらいの気持ちになった。
――こんな絵のどこがいいのかしら?
 と感じたが、皆がゆっくりと進んでいるのは、まんざらでもないような気がしてきた。
――どうしてなんだろう?
 最初あいりは、その答えがまったく分からなかった。
 しかし、自分もゆっくりと進むにつれて、次第に呼吸困難に陥っているかのように思えてきた。
 そのうちに耳鳴りが聞こえてくるのを感じると、その耳鳴りの正体が、鼓膜を揺すっていることによる耳の奥の痛みであることに気が付いた。
――そうだわ。この建物の独特な雰囲気に私は酔ってしまったに違いない――
 と感じた。
 そういえば、臭いも次第にきつく感じられてきた。最初から臭いは感じていたが、最初はそれほど嫌なものではなく、むしろ、美術館という独特な雰囲気には欠かせないもので、「どちらかというと、この臭いをそのうちに好きになるんじゃないかしら」
 と感じるようになった。
 臭いというのは、鼻を突く臭いには敏感なもので、刺激の強さから、
――気持ちの悪いものに違いない――
 という先入観があるような気がしていたが、その場の雰囲気によって、中には忘れられなくなるような臭いもきっと含まれているのではないかと思うようにもなっていた。
 これも、夢と同じで、
「忘れたくない」
 と感じるものと、
「覚えておきたい」
 と感じるものの二種類があるように思う。
 癖になってしまうであろう臭いに対しては、夢の時と反対で、
「覚えておきたい」
 と感じることの方が多いに違いない。
 美術館の独特な臭いと、ただただ無駄にだだっ広いだけに見える空間に、空気の薄さが感じられ、呼吸困難から気分が悪くなってしまったのは、
――ひとえにその広い空間に支配されたシチュエーションによるものではないか――
 としりは感じたのだ。
 あいりが美術館で気分が悪くなってから、頻繁にもう一人の自分が出てくるようになってきたのは。
 もう一人の自分は、夢の中で絵を描いていた。
 それは毎回というわけではない。いつもはあいりのことをじっと見ているだけで、何もしない。それが怖さを増幅させるのであるから、絵を描いているもう一人の自分に、恐怖心を抱くことはなかった。
 それなのに、その夢を覚えているということは、どこかに怖いと感じた要素が、その夢の中にあったからに違いない。
 それがどこにあるのか、あいりには分からなかった。
 実際のあいりは、絵を描きたいと思いながらも、自分から行動を起こそうとはしなかった。
――もう一人の自分が夢に出てきて、絵を描いているというのは、それは今自分が感じている願望が夢に見させたのかも知れないわ――
 とあいりは感じた。
 夢の中で、絵を描いている自分は、
「これって、本当に自分なのかしら?」
 と思えるほどに、いつになく真剣な顔になってキャンバスを見つめている。
 ただ、その視線はあくまでもキャンバスだけを見つめていて、被写体となっているはずの目の前の風景を見つめているわけではない。
――よくこれで絵が描けるわね――
 と思って見ていたが、よく見ると、絵筆を持った手は確かに動いてはいるのだが、実際のキャンバスを見ると、そこはまっさらな状態である。
「どういうことなの?」
 思わず声に出してしまったが、夢の中のもう一人の自分は、その声にはまったく気づいていないようだった。
 もう一人の自分は、まるで絵描きの先生のように、絵筆を立てて、立てた絵筆を持った手を、しっかりと真正面に置いて、遠近感を図っているようだ。
 その顔は真剣で、まっすぐに被写体を見ているように見えたが、最初に感じた、
「キャンバスだけを見ていて。被写体を見ていない」
 という思いがいつの間にどこに行ってしまったのか不思議だった。
「これこそ、夢であるがゆえんの矛盾していること」
 と言えばそれまでなのだろうが、いくら夢だとはいえ、何でもありだというのは、さすがのあいりも承服できないでいた。
 ただ、それよりも、
――どうして、急に絵を描いているもう一人の自分の夢を意識してしまったんだろう?
 と感じた。
 絵を描いている自分に対して、覚えていなければいけないほどの怖い夢であるという意識はなかった。
 ということは。覚えていたいと思ったのか、忘れたくないと思ったのかのどちらかになるのであろうが、あいりは、どちらなのか、考えあぐねていた。
 あいりは絵を描くことについて、いろいろと考えてみた。絵の中で描いている時、被写体と絵が酷似していることに気が付いた。それは、自分に絵の才能があるわけではなく、被写体が自分の絵に似てくるという、摩訶不思議な現象からのものだった。
 それは、夢ならではの現象であるが、それはやはり潜在意識の中にあることが夢の中で証明されたということになるのであろう。
 最初はそのことに気付いていなかったので、夢を見ているという意識はありながら、
――何かがおかしい――
 と思いながらも何がおかしいのか分かりあぐねていた証拠であろう。
 だが、夢の中の被写体が自分の絵に似てきていることに気が付いてくると、次に目の前に広がる光景がどんな光景なのか想像がつくようになっていた。
――これが自分の発想なのかしら?
 と考えると、あいりは不思議な感覚になっていた。
 あいりは、絵を描けるようになるまでに、時間が掛かった。最初はまるで幼稚園生の落書きではないかと思うほどのひどさに、絵を描くことを断念しようかと思ったほどだが、描いている人を客観的に見ていると、次第にその人の姿が自分に見えてくるから不思議だった。
 実際に絵を描けるようになるまでに、あいりは二つのポイントを考えていた。その二つのポイントというのは、
「バランス感覚と遠近感ではないか」
 と思うようになっていた。
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次