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異次元の辻褄合わせ

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 ただ、彼は困ったような素振りもしない。もし困っているのであれば、あいりに向かって困っているという表情を浮かべることだろう。困っているという表情を浮かべられるとあいりとしてもどうしていいのか分からないので、戸惑ってしまうであろうが、それでも一歩先に進むことができる。
 あいりは将棋はやらないが、以前学校の授業で先生がしていた雑談を思い出していた。
「将棋ってあるでしょう? その将棋のね、一番隙のない布陣ってどんな布陣なのか、皆分かる?」
 という質問をしたことがあった。
 クラスの皆は、質問の主旨が分かっていないのか、それぞれに顔を見合わせて、考えていた。
 しかし、その中で一人、一番前の男子生徒が急に手を挙げて、
「分かりますよ」
 と言った。
「ほう、どういう布陣だね?」
 と先生に聞かれて、
「それは最初に並べた布陣ですね。一手差すごとにそこに隙が生まれる」
 と答えた。
 先生は満足そうに、
「そう、その通り。最初の布陣というのは、難攻不落とも言えるんだ。そういう意味でも、物事には、何であってもそれなりに理由があるということだね」
 と生徒に向かって言い、その場はそれで終わった。
 しかし、その時に答えた生徒が、
「分かります」
 と言った時に浮かべた笑みを、皆意識していただろうか。
 普段はほとんど無表情の彼が怖いくらいの笑みを浮かべたのだ。あいりは背筋が凍り付くようなゾクッとした感覚に陥ったが、その時ほど他の人がどんな気分になったのか、分からない時はなかったような気がする。
 あいりは、その時の話を思い出したことで、自分が先に進めないことがいいのか悪いのか分からなくなった。
――ひょっとするとこれが彼の作戦なのかも知れない――
 と思うと、怖い気がした。
 しかし、一歩でも前に行かなければいけないと思った時、自分が何をしていいのか分からない、いや、何ができるのか分からないというl気分になった。何をしていいのかというよりも、何ができるのかという方が考えるのは楽なはずなのに、それすら思い浮かんでこなかった。
 彼は相変わらず、自分から何かをしようとはしなかった。
――この人、会社でもずっとこんな感じなのかしら?
 年上ということで、自分よりもしっかりしているという先入観が強すぎたのかも知れないとも思ったが、先入観を持つことが間違っていたわけではなく、彼が真剣な顔で自分を覗き込んできたあの表情に騙されたのだと思うと、
――これが私の悪いところなのかも知れないわ――
 と感じた。
 人と同じでは嫌だと思いながらも、自分の中で常識と感じていることに、絶対的な自信のようなものを抱いていることが、余計なことを考えさせる余裕すらなく、肝心なことはスッと決めてしまうのだと感じたからだ。
 普段は、どうでもいいようなことに関しては、結構余計なことを考えて時間を無駄に使ってしまうことがあるが、肝心なことになると、案外アッサリと決めてしまう。それが今まではいい方に作用してきたが、これからは本当にそれでいいのかどうか、あいりはよく分からなくなっていた。
 例えば、高額なものを買う時、安価なものを買う時、さらに中途半端な値段のものを買う時で、それぞれに認識が違っている。
 あいりは中学生なので、そんなに高価な商品を買うことはないが、洋服などを購入する場合は、高額商品に当て嵌ることだろう。
 洋服にしても、安価なものにしても、自分のものは誰かと一緒に買いに行くということのないあいりだったので、いつも一人で迷うことが多かった。
 しかし、高額なもの、つまりは洋服だったり、安価なものなどはあまり迷うことはないが、中途半端な値段のもの、例えば、千円前後で買えるものを中途半端な値段として見るならば、結構迷う方であった。
 高額なものは、最初から目星をつけているので、迷うことはない。つまりはお店に行って、商品を見た時には、すでに購入の意思は決まっているからだった。
 安いものに対してはそれこそ迷うことはない。迷うという意識すらないほどにアッサリと買ってしまうのだ。だから中途半端なものに対しては、購入の意思が決まっていないまま商品を見るので、そこで自分の中で損益を考えてしまう。
「ここで買ったら、後で後悔することにならないかしら?」
 と自分に言い聞かせて、一度で購入を思いとどまることができれば、どれほど気が楽だというのか。
 思いとどまることができないから、一度迷ってしまうと、購入への意欲に疑問が生じ、さらに迷うことになる。最初に買おうと思わない限り、かなりの確率で、買うことを断念してきたような気がする。
 人に言えば、
「意志が弱いのよ」
 と言われるかも知れない。
 しかし、堅実さを重んじる人から見れば、逆に購入しない方が意志が強いと言えるのではないだろうか。要するに立場によって、その人の意思について語る場合、見方が正反対だったりするのかも知れない。
 そんなあいりが、彼と一緒にいて、何も喋らない様子を見ていると、普段であれば、
――時間がもったいない――
 と思い、苛立っているのではないだろうか。
 しかし、この日は彼と一緒にいて、戸惑いを感じながらも、なぜか苛立ちというものをかじることはなかった。
 彼があいりと目を決して合わそうとしないからなのかも知れない。
 もし苛立ちを感じたとしても、その憤りをどこにぶつけていいのか分からない状態なので、自らが苛立ちを抑えようとしているのかも知れない。
 苛立ちというものは、自分の中で整理できないものが表に出てしまい、それを抑えることができなかったことに対しての思いから発生しているものだとあいりは感じていた。少し回りくどい考えであるが、一周してから戻ってきた発想というものに信憑性を感じるあいりは、自分の考えがまんざらではないと思うようになっていた。
 つまりは憤りという自分に対しての思いが、表に出る出ないで苛立ちに変わるものだという意識である。
 あいりは目の前にいる彼に対して、自分の思いを押し付けようとは思っていなかった。だから彼に対して疑問を感じることはあるのだが、憤りや苛立ちのようなものを感じることはないと感じたのだ。
 彼に対して憤りがあるとすれば、それは何もできない自分によるものである。あいりはそう思うことで、彼が自分を決して見ようとしないことは、自分が悪いのだと思うようになっていた。
――本当は私の方から何か話題を与えてあげなければいけない――
 と思ったが、さっき感じた、彼が自分と知り合ったきっかけになった出来事に対して、
――あれは彼の計画だったのかも知れない――
 と感じてしまった時点で、彼に対して自分が何かをしてあげなければいけないという気持ちは失せてしまった。
 そんなことを考えていた自分が許せなくもあった。
 それはあいりの中にあるプライドのようなもので、今までに感じたことはあったが、それが、
――いけないことだったんだわ――
 と感じていたということを思い出してしまった。
作品名:異次元の辻褄合わせ 作家名:森本晃次