最後の鍵を開く者 探偵奇談21
夕刻を迎える須丸家の台所では、紫暮が夕飯の準備をしていた。両親は家のことを紫暮に任せ親戚宅の集まりにいっており、絢世もそれに同行している。連休には家庭の用事も多くあるだろうに、快く伊吹を受け入れてくれた一家に、申し訳なさと感謝でいっぱいだ。
「瑞はどうだい」
「少しだるそうで、眠ってます」
「そう。すまないね、君に全部任せてしまって。両親も急な用事で外しているから、今日は俺の夕飯で我慢してくれ」
とんでもないです、と伊吹は手を洗って紫暮の隣に立つ。紫暮の料理の腕前だってかなりのものなのだ。
「手伝います」
「ありがとう」
きんぴらゴボウとみそ汁の段取りを手伝いながら、伊吹はもやもやと消えぬ不安を感じていた。夕島に向けられた憎悪と、瑞の憔悴。この先また、夕島からの接触があったとき、自分は、瑞は、どう向き合えばよいのだろう。
「せっかく来てもらったのに、ごめんね」
ゴボウをささがきにしているところで、紫暮がそんなことを呟いた。
「え?」
「今日は一日、瑞の看病で潰れてしまっただろう?京都見物でもして楽しんでもらえればよかったのに、すまないね」
「いいんです、そんなの。元気になったらまた行けるから」
五月の夕暮れ、涼しい風が開け放たれた縁側から台所にまで届く。窓の外は紫の空が広がっていて、夏に向けて日が長くなってくのを感じさせる。電気をつけずともまだぼんやりと明るく、虫の鳴く声が細く聴こえてくる。
(元気に、なったら…)
自分の言葉を反芻しながら、伊吹は考える。夕島の脅威が、悪意が、消えることはあるのだろうか。自らを罪深いと悔いている瑞と、この先も屈託なく笑いあえる日が来るのだろうか…。
紫暮が口を開いたのは、徐々に台所に夜の気配が忍びよる頃だった。
「…ちょっと、おかしなことを聞くんだけれど」
「え?」
「いつだったか、君が子どもの頃、俺は君に会ってないか?」
作品名:最後の鍵を開く者 探偵奇談21 作家名:ひなた眞白