最後の鍵を開く者 探偵奇談21
「…いろいろあったでしょ、去年から」
「うん?」
郁が、少し声のトーンを落として話し始める。
「お祭りの夜、伊吹先輩と消えちゃったりとか…」
それで今回、詳しくは語らない颯馬がえらく瑞と伊吹を案じていたので、心配して京都までやってきたのだと言う。ありがとう、と瑞は重ねて礼を言う。失いたくないという思いが強くなる。今の生活を、自分を取り巻くこの日常を、大切な人達を、絶対に失いたくない。
「…あの、あたし、須丸くんにお願いがあるんだけど」
「うん?なに?」
郁はええと、としばし逡巡したのちに切り出した。
「前髪、切って欲しいんだ…」
え、と瑞は言葉を失う。彼女の髪を軽率に切ってしまったことを、ずっと後悔していた。
「あ、駄目ならいいんだけど!」
黙してしまった瑞に、郁が慌てたように言う。駄目じゃない。そうじゃなくて。
「いいの、俺で」
「須丸くんがいいの!」
強く言い放ってから、郁ははっとしたように顔を逸らして、「だって上手だから!」と付け足す。やばい。瑞は両手で顔を隠すように口を覆った。いまのはちょっとやばい。焦る。
作品名:最後の鍵を開く者 探偵奇談21 作家名:ひなた眞白