最後の鍵を開く者 探偵奇談21
…何一つ失いたくない。
そう強く言い聞かせても、憎しみしかない夕島のことを考えると、瑞は考える力を失っていくように、気持ちがしぼんでいくのだ。郁に返事を返せないまま、スマホを机に戻す。
「瑞?ご飯だけど食べられるか?」
ノックの音と一緒に、扉から伊吹が顔を覗かせる。笑っていた。それを見て、少しだけ力が戻ってくる。何一つ失いたくない。失えない。この日常を手放す日がいつか来るのだろうか。それだけは。
「…この匂い、きんぴら?」
「そう。俺と紫暮さんで作ったんだ」
「やった、俺大好物」
他愛ない日々でいい。一つも特別なことなどなくていいのだ。
一緒に笑って、泣いて、生きるだけ。それを望んで、瑞はここにいる。
だが瑞が望むそれは、夕島もまた同じだったはずだ。
そしてそれを奪ってきたのは、ほかでもない瑞自身。
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作品名:最後の鍵を開く者 探偵奇談21 作家名:ひなた眞白