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短編集68(過去作品)

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「言葉が足りないのは、言い過ぎよりも罪なことかも知れないね」
 とも話していた。
「でも相手を傷つけているわけではないじゃないか」
「いや、欲しいものが手に入らずに諦めるのと、欲しいものを自分で知らないのとでは、どっちが不幸だと思うかい?」
 思わず唸ってしまった。
 諦めることはいつでもできるが、分かっていればまた始めることもできる。しかし、知らないのであれば、それ以前の問題だ。そう考えると、言葉が足らずに相手に分かってもらえなかったり、誤解を与えたりするのは罪ではないだろうか。佑哉はどうも自分で考えていてもうまく伝えられないと思い、ついつい言葉が足らなくなってしまう。きっと相手はこじんまりとまとまった人間だと思うことだろう。
 だが、それこそナルシズムを隠すにはもってこいだった。目立ちたがり屋であるが、下手に表に出ると、打たれてしまう。打たれ弱い佑哉は、それをナルシズムを言い訳にして、殻に閉じこもってしまっていた。
 本当の自分が他にいることを感じながら、それを意識することもなかったことで、小心者がナルシストだと思うようになったのだ。
 それを教えてくれたのが、恵だった。恵も佑哉を見て同じことを感じているに違いない。自分の後ろには伸子がいるのだと。
 二人は最初こそ一言も話をしなかったが、堰を切ったかのように話し始めている自分たちの姿が見えている。まず恵が微笑んだ。その笑顔が今まで誰にも見せたことのない笑顔であることを、佑哉には分かっていた。それは第一印象から感じたことで、
――こんな笑顔ができる人なんだ――
 と感じた。
 その瞬間、スーッとしていくのを感じた。さっきまでの熱っぽさが引いていくのだ。背中におおいかぶさっていたものがなくなり、恵の笑顔で癒されたことを感じた。
 佑哉も恵に微笑返す。その表情は恵が知っている違う人物の笑顔になっていたのを、佑哉は知らなかった……。

                 (  完  )

作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次