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短編集68(過去作品)

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 話をしてみると、桜井は佑哉と隣街の出身だった。佑哉は、中学の時に転校し都会に住んだが、桜井はそのまま地元の高校を卒業し、一浪して大学に進んだ。桜井の方が一つ年上なのだが、年上と知ったとたんに、まるで五つくらい年が上に思えてしまったのはなぜだろう。ずっと同い年だと思っていた感覚は、親近感を持たせるための手段に思えたが、歳が違うと分かると、今度は違う世界を知っている人であってほしいと思ったのかも知れない。
――果たして私はわだかまりやトラウマを桜井に話すことができるだろうか?
 話したいという気持ちが強くなっているようだ。話すことで気が楽になりたいという気持ちではなく、意見を聞きたいというわけでもない。ただ、自分に話すことができるかということの方が佑哉にとっては重要なのだ。
 桜井にも佑哉に話したいことがあったようで、お互いに意気投合した。話の内容は結構重たい話でもあったが、他愛もない話をするように盛り上がって話すので、旧知の仲に思えるくらいだった。お互いに足りないところを補うような話し方は時間を忘れさせ、ゆっくりと進んでいるはずの時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

 木村恵は、物静かで誰からも話しかけられることもなく、いつの間にか一人が好きになり、まるで石ころのような自分の存在に、心地よさすら感じていた。小学生の頃にはクラスに一人はいるであろう控えめな子だったのだが、今では学校内に一人いるかいないかというほどの希少価値になっていた。家でも誰も恵のことを話題にしないし、気が付けば気配を消すことができるようになったかのようだった。
 高校の頃までは、それでも一人でよかったのだが、短大に入ると、恵につきまとってくる一人の女の子が現れた。彼女は名前を瀬川伸子といい、結構派手なことが好きな女性だった。雰囲気も活発そうで、一番の特徴は、声が可愛いことだった。
 服装は派手好きなくせに、顔立ちが大人しいせいか、それほど派手には感じさせない。服装が派手なだけに余計、顔が可愛らしく感じられる。身長も百六十センチを十分に超えていて、女性では高い方だろう。それでも顔が小さいことから、可愛らしさも引き立つというものだ。
 最初に声を聞いて想像した雰囲気から見れば、少し派手に見えるが、顔を知ってしまってからさらに声を聞くと、派手に見えた顔が、次第に落ち着いて見えてくるから不思議だった。それだけ声に特徴があるのだが、男性の心をつかむには、声だけでも十分ではないだろうか。
 実際、伸子の人気は高かった。自分が可愛いんだという素振りをあまり見せないところも人気の秘訣だった。それに友達に対しての気配りも細かいところまで行き届いている。伸子のことを悪く言っているのを聞いたことはなかった。
 天真爛漫とは伸子のような女性のことをいうのだろう。天然ボケが入る時もある。時々天然になるのが分かっていても、たまに目の前でボケられると、まわりが一瞬固まったような雰囲気になることがあった。
 天然を照れ笑いでごまかそうとする姿が実は人気の秘密だったりする。時々漏れ聞こえてくる伸子の話題に、天然ボケも役得の一つだという皮肉めいたものもあったが、それもやっかみ半分というところで、人気を上げることはあっても、下げることは断じてなかった。男心をくすぐるのではないかという話題は、あまり親しくなりすぎると、自分に降りかかってくる災難を恐れることになることを暗示していた。
 特に彼氏がいる女性には切実である。いくら仲がいい女友達とはいえ、彼氏を取られてはたまらない。伸子が自分だけの親友であれば、それでも伸子を取るだろうが、伸子には自分と同じくらいのレベルである友達はたくさんいるに決まっている。たくさんいるうちの友達の一人と思っている人に彼氏を取られるなど、考えただけでも恐ろしく感じられるものだ。
 そんな伸子が、恵のような目立たない子に近づいてきたのである。伸子には何ら得るものはないはずで、あるとすればナルシズムに浸ることができるくらいであろうか。だが、恵が見る限り、伸子がナルシズムに浸っているところを感じたことはない。まさか、家に帰ればずっと鏡を見つめているなどということもあるまい。
 鏡を見ているとすれば、恵の方だった。
――ひょっとして伸子のまわりには鏡なんてないのかも知れないわね――
 なぜそう感じたのか分からないが、それは自分がいつも鏡を見るくせがついている女だからではないだろうか。自分でもどうして鏡を見るのかハッキリとした理由は分からないが、鏡に写った自分は、鏡の前でしかできない表情をしているに違いないという思いを抱いていた。
 伸子が恵にくっついてくるようになると、今まで以上に、恵のまわりには男性が寄ってくるようになった。恵が避けようとしても、寄ってくるのだが、避けようとしたその先にいるのが恵だったのだ。恵にとっての伸子は、最初の頃ほど迷惑な気は次第にしなくなった。諦めの境地なのかと思ったがどうやらそうではないようだ。
――私にとっての恵は鏡で見た自分の姿に似ている――
 と思うようになってから、今度は恵が伸子を引き寄せているように思うのだった。
 伸子はきっと、恵が自分を引き寄せているなどという意識はないだろう。恵にとって伸子が自分の近くにいることがナルシズムではないだろうか。ナルシズムを感じることでさらに今まで感じたことのなかった嫉妬という言葉が心の奥から湧いてくる。ただ、それは伸子に寄ってくる男性に対してのものではなく、伸子に対してだった。レズの趣味など断じてないはずなのに、気になってしまうのは、どこか自分の中にしたたかさが生れてきた証拠であることを、その時の恵は気づいていなかった。
 恵は伸子を嫌がったりはしなかった。以前までなら、目立つ人がそばにくるだけで、せっかく消えている気配が生れてくるような気がして嫌だった。しかし、一度は消した気配が再度現れるようなことはないと思うと、人を嫌がることすら、億劫に感じるのだった。
 寄ってきても、伸子にいやらしさはなかった。派手好きの伸子なのだから、もっと明るい雰囲気になるかと思ったのだが。思ったよりも、伸子は質素で、恵と一緒にいることが一種の癒しのようであった。
――意外と伸子さんって、控えめな性格なのかしら?
 控えめで、まわりの期待に応えなければならないと思っているのだとすれば、伸子はかわいそうだった。自分の意志に反して、まわりの気持ちを優先させなければならないと考えているとすれば、何と健気なことだろう。だが、恵自身にはできないことで、見ているとイライラしてきそうだった。
 それなのに、伸子に対して苛立ちは感じない。これほど表に出ている性格が違うのに、内面は似ているというのも極端である。本当は恵も伸子もお互いに本当の友達が欲しかったのかも知れない。恵は友達自体あまりにも少なく、友達がいないことに慣れていた。だが、伸子には必ずまわりに誰かがいないと絵にならない人には、絶対に誰かがついているものである。そう考えると、自分が望めば相手のようにもなれるかも知れないという思いが、二人を結びつけているのかも知れない。
作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次