小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集68(過去作品)

INDEX|25ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

 私は妙な気がした。自分の視線からだけで実季を見ているように思ったからだ。今のことわざにしても、内容としては後から思うと、トンチンカンである。確かに彼女の話を聞いて、自分の目線から見た意見を率直に答えただけだ。それは確かに私の悪いくせではあるが、悪いくせを実季の前では見せないように意識していたくせに、出してしまったということは、それだけまだ実季に対して緊張感があり、特別な女性であるという意識が頭の中にあるからなのかも知れない。
 実季に対してというよりも、絵画に対してという意識もあるかも知れない。それは妹とダブっているからだ。実季を妹となるべくダブらせないようにしていたはずなのに、ダブって見せるということは、異性として意識しているということだ。妹に抱いた意識を、
「妹だから」
 と言って排除してきた気持ち。それを今さら実季で思い起こすことなどできないはずなのに、余計に妹を意識している自分を感じるのは、目の前に鏡があって、実季と妹がそれぞれ鏡を挟んで写っているように見えるからだ。
「鏡を挟んで、二人は何かを話しているように見える」
 知らない人が見れば普通の鏡に見える。私の側から見れば鏡に映っているのは実季で、こちら側には妹がいる、しかし、知らない人にはどちらも実季に見えるだろう。左右対称ではあるが、まったく同じ動きをする。鏡に映っているのだから当然だ。
 なぜ私にはこちら側が妹に見えるというのだろう。二人が話をしているのは、どんな内容なのか、二人の共通の話題と言えば私しかない。ただ。それもお互いに会ったことがないのに、私が共通というのもおかしなものだ。仲介という意味では私なのだろうが、それだけでは言い表せないものがある。
 よく見ると、背景も少し違っている。鏡の向こう側には家具や椅子などが見えている。それなのに、こちら側には何もない。真四角の限られた空間があるだけだ。
――まさか、ここは?
 私は大きな勘違いをしていたのかも知れない。こちら側が実世界だと思っていたが、実は鏡の中の世界ではないだろうか。本来であれば映っていなければいけないはずの私の姿も見えていないかも知れない。
――とすると、ここは夢の世界?
 そう思えば、何かスーッとした感覚が身体の中を通り抜けた気がした。夢だと思ったことで、張りつめていた緊張感が解けた気がする。逆に鏡の向こう側に自分がいないことが安心感を与えてくれたように思えてならなかった。
 今まで見た夢の中で一番怖い夢は、夢の中にもう一人の自分が出てきたことだった。もう一人の自分は、まったくの無表情で、無感動、何を考えているのか分からない。そんな自分が迫ってくる夢なのだ。恐ろしい夢である。
 夢の最後に現れて、私に迫ってくる。それだけで一気に怖さが爆発した感じだった。だが、もう一人の自分が現れるのは、夢の見始めで分かっていたような気がする。夢から覚めるにしたがっていつもなら夢の内容をどんどん忘れていくのに、その時の夢だけは覚えている。いや、もう一人の自分に関係する部分だけを覚えているのだ。
 もう一人の自分のことしか夢に出てこなかったのか、それとも他の夢を見ていていきなりもう一人の自分が出てきたのかはハッキリとしないが、夢の最後に現れた感覚が残っていることで、出現の予感を感じながら、違う夢を見ていたと考える方が自然である。元々夢に自然も不自然もないと思うのだが、理屈を考えればそういう結論が生まれてくるのだった。
 私がいるのは夢の世界側だと思うと、もう一人の私など存在しないのかも知れない。私はもう一人の自分の存在を信じたことで、二重人格だと思い込んだ、確かに躁鬱症ではあるが、二重人格とは違うものであることを意識していなかったのだ。
 芸術に親しんでいる時が一番楽しい。会社で仕事をしていると憂鬱な気分になり、ついつい芸術に親しんでいる自分を思い出す。そして、まわりに芸術に親しんでいる人のなんと多いことか、しかも皆私が気になっている女性である。
 付き合い始めた香織、後から気になり始めた実季。そして実季を気になり始めたことで、最初から気になっていた妹の存在。それぞれに思い入れがあり、思い入れがあるために悩んでしまうのだ。
 三人とも、鏡の向こうの世界で、私の知らない世界を形成しているのかも知れない。私は一人だけを見つめているつもりで、その後ろに存在している他の二人を意識している。まるで影のように存在している二人は私にとってどんな存在なのだろう。
 だが、私は時々、鏡の向こう側から見ていることがある、鏡の向こう側の世界は果てしないものなのだが、向こうにいることを分かっていないので、その広さを実感したことはなかった。
 だが、今夢を見ていると思いながら、鏡の向こう側にいる自分を感じている。
「妹と実季は本当にどんな会話をしていたんだろう?」
 言葉に出してみるが、鏡の向こう側では自分の声を確認できない。まるで音を遮断されたかのようだ。
 私には何となくだが分かる気がする。
「ねえ、時々私たちが入れ替わっているのを、お兄ちゃんは分かっているのかしら?」
「たぶん、すぐに分かると思うわよ。そろそろ分かってもらわないといけないと私は思っているのよ」
「そうよね、そのために実季さんが存在しているんですからね」
「そのために存在しているなんて言わないで、悲しくなるじゃないですか」
「ごめんなさい。でも、お兄ちゃんは、実季さんのことがだんだん気になってきていると思うの」
「香織さんの存在も気になるんだけど、それは大丈夫なのかしら?」
 そこまで来ると、二人は黙り込んでしまい、結局その後の結論を聞くことはできなかったのだ。
 鏡の中の世界にいることに気付いてから、二人の会話が終わるまであっという間だったように思った。目が覚める寸前のイメージがあり、きっと後ろを振り向くと、その時にはその世界から抜けることになると思った、
 思い切って後ろを振り向くと、そこには何もなかった、想像した通りの四角い部屋になっているだけで、境目をかろうじて確認できた。それは私が四角い部屋にいるということを確認させるだけのために私に見せているものであって、必要以上のものは何も存在していないのだ。
 そこまで感じると、私はもうその世界に用がないことを自覚した。すると、鏡の世界はきえていき、私も夢から覚めるのを感じていた。
「やっぱり夢だったんだ」
 鏡の世界から見た向こうの世界、つまり実世界は、果てしなく見えた。実世界から鏡の世界を見た時は、こちらの世界と同じ広さが広がっているだけだという認識しかない。何しろ普段見ている世界と左右対称の世界が広がっているだけだからだ。他の世界が広がっているなど考えるだけで恐ろしい。
 今度は香織が撮ってきたすすきの穂の世界を思い出していた。
 すすきの穂が広がっている世界も、果てしないように見えて、実は限られた世界のようだ。
 その証拠として感じたのは、空への違和感だった。
 空はまったく色が褪せていない。変わっていないというべきか、だが、そのことに気付くと、すぐに色が褪せてくるのだった。
作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次