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短編集68(過去作品)

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 もっと言えば、押し付けていると言ってもいいかも知れない。
 妹は、そんな彼に魅力を感じなくなった。委ねられるだけなら、それでもいい。しかし、押し付けられて、回答を待っているだけの相手に自分の存在価値がないことを知ると、後は別れしか残っていなかった。
 私は妹がすぐに別れることを予感していた。
 妹が彼のことを話してくれたのは別れる寸前で、
「私、もう決めてるから」
 と言って、別れを断言して彼のことを話してくれた。
 女性が別れを断言してしまえば、その気持ちを突き崩すのは不可能に近い。しかも、相手は寝耳に水だったに違いない。女性が別れを真剣に決意する時というのは、一人で真剣に考えてでた結論で、別れ話を相手にした時には、すでに女性側での結論が出たあとのことだったりすることが多い。
 妹もそうだったのだろう。相手の男は相当戸惑ったに違いない。真面目一本の力強さを感じさせない男ならば、生まれて此の方感じたことのない狼狽が襲い掛かってきたことだろう。
 そんな時の男は、まず自分が悪いとは思わない。少しでも思うのなら、狼狽しても長引くことはない。長引けば長引くほど精神状態は悪化していき、相手に、
「別れてよかった」
 という思いを植え付けることで、清々した気分にさせるのがオチだろう。
 相手が開き直ったわけでもなく、淡々とそう思うのだから、一人取り乱している自分だけが取り残された気分に陥る。そうなってしまえば、あとは、その男がどれほどまでの異常行動に出るかというだけである。待ち伏せ、付きまといなどのストーカー行為はまだまだ序の口で、相手を憎い余り、傷つけてしまわないとも限らない。どれほど傷乎深さがあるのか、それとも、元々異常行動に対して、すぐに感覚がマヒしてしまう相手であれば、手が付けられないかも知れない。
 ただ、妹はそこまで心配はしていなかった。却って私の方が心配になり、なるべく、後ろからついていてあげたいと思ったほどだ。今までと立場が逆になったが、私は必死だった。あとから思い出すと、どっちがストーカーなのか分からないと思えるほどだったが、心配には及ばなかった。男は現れることはなかったのだ。
「あの時だけだな。立場が逆転したのは」
 笑って話ができたが、本心は怖かったに違いない。それからしばらくは、彼氏を作る気にはならなかった。
 もし次に彼氏ができたら、嫉妬するだろうことは分かっていた。彼氏を作るのが怖いと言っていた妹の心を解きほぐすことのできる男だろうからである。思った通りの男で、外見から判断しても、前の男にはなかった力強さが全面に表れている男だった。
 付き合い始めてすぐに兄の私のところに二人して挨拶に来た。
「お兄さんに挨拶に行こう」
 と言ったようだが、妹は素直に喜んだ。それだけ皆に二人のことを知ってほしいと思っているからだと思ったからで、表向きは間違っていない。しかし、それだけ男には自信があり、最初にその自信をまわりに植え付けておくことで、自分の立場を絶対的なものにできると思ったに違いない。
 そんな男には、挑戦的な雰囲気がありありと見えた。妹も少しは分かっていたかも知れないが、それだけ自分を独占したいという男の気持ちも分からなくない。それは前の男がストーカーになって自分を独占したいと感じた行動とは、まったく正反対だからである。挑戦的でも、相手のことを思っている行動は、自分勝手で自己満足を押し通そうとする行動とは天と地との差があるのだ。
 私のところに挨拶に来た男は、前の男とは違い、外見も頼もしかった。全身から自信が溢れている感じである。溢れてくる自信には、女性を引き寄せるフェロモンが醸し出されているようだ、
「僕は、寄ってくる女性にはあまり興味を示さないんですよ。自分でもいうのも何なんですが、女性が私に引き寄せられる雰囲気を感じるんですよ。外見や容姿ではなく、心を受け止めてくれる人を求めているんですよ。私も男ですから、女性に求めるものを全面に出していきたいって思っていました」
 そんな時に現れたのが、妹だと言いたいのだろう。
 彼はそれ以上自分からあまり話さなかった。私が出す話題には的確な回答を示してくれる。頭も切れるようだ。
 自分から話さないのは年上の私に敬意を表しているのだろう。専門学校を出て今年就職したというが、社会人一年目とは思えないほとの落ち着きがある。きっと精神的に余裕を持つことを信条としているのではないだろうか。
「なかなかお兄ちゃんのような男性っていないわね」
 と、こっそり話しかけてくれた。彼が嫌いではないだろうが、理想の男性というわけでもないようだ。妹の基本的な理想は私なのかも知れない。
 私も基本的な理想は妹だ。お互いに異性を意識し始めた時に目の前にいた相手を理想だと感じるのであれば、無理もないことである。燕だって最初に見たものを、親だと思うというではないか。
 彼は自分の将来についていろいろと考えているようだ。理想を持っていて将来を真剣に考えている男が、真の男だと思っているようだ。彼ならもっともだと思えるが、女性はそんな男性に本当に好きなタイプと思えるのだろうか?
 少し重たく感じるのではないだろうか。もし私が女で、彼と知り合ったとして、
「家族に会いに行こう」
 と言われたらどうするだろう? 何とか言い訳を見繕って断りを入れるに違いない。
 そのことで仲が拗れれば、それを機会に別れようとするだろう。
――もし、別れを告げられたら、彼はどんな態度を取るだろう?
「それなら仕方がない」
 と、男らしく諦めるだろうか? 自分に自信を持っている人は、想定外のことが起これば、動揺するだろう。どれほどの動揺かは想像がつかないが、黙って引き下がれる程度の動揺だと思えない。もし自分だけで抱え込んでしまったら、耐えきれずに身体を壊すかも知れない。表からの圧力には鉄壁であっても、うちからの攻撃に耐えられないように思う。
 自分に自信のある男の「自信」とは黄金の壁なのか、それともメッキなのかは、すぐには分からない。だが、一旦見えてくると、これほど分かりやすいものはないだろう。黄金の壁であれば、ついていく気持ちを固めればいいし、メッキならすぐに離れればいい。分かるまでが一苦労なのだが、妹は彼をどう思っているのだろう。ひょっとすると、私に会わせて素振りで判断しようと思っているのか、それとも、私の意見を聞いてみたいと思っているのか、どちらにしても、いくら彼が言い出したとはいえ、私に会わせたということは、この後で自分の中で結論を出そうと思っているに違いない。
「彼は分かっているのかな?」
 妹のそんな気持ちを分かっていて、それでも私に会おうと思ったのか、それとも自分の決意を表に出したいと思っただけなのか、大きな問題だ。決意を示したいだけなら、メッキの可能性が高いからだ。
 妹の決意の表れが、
「なかなかお兄ちゃんのような男性っていないわね」
 という言葉は答えになっていた。メッキだと思っているようだ。私も妹がそう感じるのなら同じことを思った。ただ、私はハッキリとは言わない。照れ臭さがあるからだ。妹のことが気になっているのを気付かれたくない。
作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次