短編集68(過去作品)
それが自分の意思から離れた影が、いくつもの分身を作り上げ、グルグルとまわりながら自分を見上げている。だが、果たして影は自分にとって災いを与えるものなのだろうか。ひょっとすると自分を守ってくれているのではないかとも思う、決して自分から離れるこのない影、一定の条件が揃わないと存在することのできない影は守護神として君臨しているのだと思うと、自分のまわりにあるものは私を守るために存在しているのではないかとも思えてくる。実に都合のいい考え方だ。
妹もそんな存在なのかも知れない。私が妹にとってそんな存在だと常々思っていることで、妹も私を守りたいという健気な気持ちを持っていても不思議はない、特に妹は自分からハッキリとものをいうことはないが、いつもまわりの期待に応えている。それが妹の「強さ」であった。
もし、香織という存在がなければ私は実季から、「彼女」という存在を見出すことができただろうか?
香織がいるから実季を妹のように見ることができるのであって、他に誰もいなければ実季を彼女として見ていたかも知れない。それを思うと、
「誰でもいいのか?」
と自分に説いてみるが答えは返ってこない。
学生時代から好きな女性のタイプとしては、あまりこだわらない方だった。綺麗な人がいいとか、かわいい人がいいとか、グラマーな人がいいとか、本来ならどこかに当てはまるのだろう。
だが私の場合は、女性は見た目ではないという思いが強いので、それぞれのタイプにも好きなタイプ、苦手なタイプとがいるはずである。それを思うと、外見からタイプを決めることはできないのだった。
そのことを説明すればいいのだろうが、口下手な私は説明していない。だからまわりから、
「お前は誰でもいいのか」
と、言われる結果になるのだ。
最初はなぜそんな風に言われるのか分からなかった。言われることが心外で、かといって、言い返すすべを持っていなかったので、
「言いたい奴には言わせておくさ」
と、聞き流していたが、自分がハッキリとしないことがまわりを勝手な憶測に走らせるということに気付いてもいなかった、
ただ、逆に言えば、誰かと好きな人がかぶることもない。私に一目惚れはなかったので、人が先に好きになった相手を私も好きになることはなかった。
これも私の性格で、人と争うことを決してしないようにしようと思っている私は、友達が先に誰かを好きになったのなら、私はすぐに自分の候補から消した。もちろん、相手が私のことを好きになってくれたのなら別だがそれ以外なら、気にすることはないに違いない。
――結局、まわり次第なんだな――
ここでも自分の意思が働いていないことを自覚していたのだ。
いつも私の後ろにいた妹が、この間私の部屋に遊びにきた。
すっかり大人っぽくなっていてビックリしたのだが、大人の色香はむしろ子供の頃の方があったかも知れない。
男性と女性とでは、同じ年齢でも女性の方の発育が早いという。肉体的な面だけではなく、精神的にも成長が早い。肉体についていく精神が必要なのだろうが、女性には男性にはない「出産」という機能がある。肉体的にも大変だが、それも精神がついてこなければ耐えられないのかも知れない。男の私には分からない。ただまだ出産をしたことのない女性にも分からないはずなのに、ある程度の年齢になれば、身体が受け入れ態勢に入るのだろう。そうでもないと、出産に対してもっと不安の感じる人で溢れかえっているのではないか、私だったら、きっと耐えられない気がしてならない。
妹が遊びに来たのは、実季を初めて見てから少ししてからだった。一週間ほどいたのだが、さすがに朝の喫茶店に連れて行こうとは思わなかった。すでに実季が妹に似ているという意識があっただけに実季に会わせてしまって、それぞれのイメージが混乱することを避けたのだ。
いや、そればかりではない。私はもう少しで自分をごまかそうとした。実季に対して淡い恋心を抱き始めていた気持ちを悟られるのが怖かったのだ。私が妹を見つめる目、それは耐えている目でもあった。
「妹でなければ……」
という気持ちが以前からあった。
妹は結構鋭いところがある。特に私を見ていて、
「お兄ちゃん、あの人タイプでしょう?」
とズバリ当てることが多かった。確かに私は好みの女性の範囲は広いかも知れない。しかしどこかに共通点はあるはずだ。自分でも気づかない共通点をどうやら妹は分かっているようだ。
「お兄ちゃん、分かりやすいもん。人からは誰でもいいんだって言われたりするでしょう?」
そこまで分かっているのかと思うと、我が妹ながら恐ろしい、
「どうして分かるんだい?」
「すぐに顔に出るでしょう? そういう人って、じっと見つめているでしょう。それは自分のタイプかどうかをしっかりと確かめていると思うのよ。そうやって自分の好みを固めていってるのよね。本当に誰でもいいという人なら、そんなことはしないわ」
大人の女の目を持っているんだと思った。
それでもあどけなさは子供の頃よりも今の方があるような気がする。それだけ私も妹に負けないくらいに成長したのか。それとも妹との距離が縮まってきたのかと思うようになっていた。距離が縮まってきたのなら、それは嬉しいことであった。
ただ、妹の大人っぽい雰囲気も忘れられない。一番最初に妹が気になり始めたのは、大人っぽい雰囲気に魅せられたからだ。いつも私の後ろにいる妹は精神的には子供だった。そんなアンバランスが私のオトコの部分に火をつけたのかも知れない。
まわりに対しての自慢したい気持ちも忘れてはいけない。
大人の雰囲気を醸し出す女性が私の後ろに従っている。しかもそれが妹であるというのは、私の自尊心をくすぐる。もし彼女であれば、もっと違った感覚があるのだろうが、血が繋がっているということで、まわりから見れば二人だけの世界が作られているのが分かるのかも知れない。
妹に初めて彼氏ができた時、私は不思議に嫉妬はなかった。二人目の彼氏の時には嫉妬心の塊だったのにである。初めての彼氏とはすぐに別れることになったようだが、それが分かっていたのかも知れない。
――妹は、彼氏に俺を見ているんだ――
と思う。
最初の彼氏は、背が高くスリムだが、どこかひ弱なところがあり、男から見ればとても頼りがいがありそうにはなかった。それでも誠実さに魅力を感じたと妹が話してくれたように、真面目なところは見て取れる。
だが、真面目なだけで力強さが感じられない。
妹は、どうやら彼に私を見たようだ。外見はあまり似ていない。似ているとすればスリムなところだろうか。真面目なところは似ているが、
「力強いところは?」
と自分に問いかけて、黙り込んでしまった。力強さは自信がない、いつも返ってくることはないだろうと思いながら、自問自答を繰り返す。人から言われたことを言い返すよりも難しいことかも知れない。自分にはウソがつけないからだ。
彼は自分に問いかけるよりもまず、相手に聞いてみる性格のようだ。相手から見れば、何も考えずに聞かれているように思う。頼りにされているというよりも、見つけることのできない回答を人に委ねているのだ。
作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次