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短編集68(過去作品)

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 眠れないせいで、身体から汗が噴き出して、朝起きるとぐっしょり汗を掻いてしまったことで、風邪をひくこともしょっちゅうだった。朝から病院に寄って会社に行く。仕事が残っているので、どうしても残業になる。帰りが遅くなって、寝るのも遅くなるというのが悪循環に拍車をかけたのだ。
「何とかしないといけないな」
 とは思ったが、なかなかうまくいくものでもない。
 汗を掻くのは夏よりもむしろ冬が多かった。冬に風邪をひくと、高熱を出すことが多い。インフルエンザなどの病気にも気を付けなければいけない。そんな状態で、毎日の身体のリズムを健康に保つのは難しかった。
 少なくとも寝不足にならないようにだけは心がけたが、それが一番難しい。毎日の終わりが眠くなってから寝るようにしないと、無理に寝ようとすると、目覚めが悪かったりする、実に難しいものだった。
「リズムを保つにはどうしたらいいかな?」
 最初の二年くらいは考えていたが、それ以降はあまり考えることはなくなった。惰性になってしまったのかも知れない。彼女がいないのも大きな影響なのだろう。彼女がほしいと思うのは、そんなところにもあるのかも知れない。
 香織が優雅だと感じたもう一つの理由は、彼女と身体を重ねたからだった。普段はなかなか分からないが、ベッドの中での仕草の一つ一つが相手に気を遣っているのが分かるのだ。
 会話だけでの気の遣い方とはまた違って、相手がどうすれば満足できるのかをいつも考えている。決して慣れているわけではないところも分かるのだが、それでいて、笑顔には余裕のようなものが感じられる。
 こちらが微笑めば、
「気持ちいいですか?」
 という一言が溜まらない。まさに痒いところにてが届くような仕草から何が一番感じられるかというと安心感であった。
 そばにいることの安心感、それが彼女の一番の魅力であり、癒されているにも関わらず、彼女は出しゃばった行動を取るわけでもない。
 私が求める時以外は、彼女からは何もしない。受け入れ態勢を整えて待っていてくれているのだ、
 学生時代は、遊びだと思っている人が多かった。香織の表情は遊びではない。結婚まで考えているかどうかは分からないが、好きだというだけで身体を許したわけではない。お互いに気持ちが通じ合っていることを確認しながらなので、恥かしいという感覚は、縁起でも何でもない。
 そう、二人の間に演技はない。それはベッドの中だけではない。会話の中においても、同じことだ。
「隠し事はしないようにしようね」
 と明るく話をしたが、その言葉は重たいものだ。遊びではないだけに、隠し事をしなければならないこともあるかも知れない。それをしないようにしようというのは、それなりに覚悟のいることだ。私も香織もお互いに相手に対して覚悟を強いることを受け入れなければならなかった。それは気持ちを受け入れるということでもあった。
「覚悟と相手の気持ちの受け入れ」
 それが大人の恋の一つなのだろうと思った。覚悟というと大げさだが、二人でいれば苦痛ではないと思うだろう、それも至高の時間の一つなのかも知れない。
「何か楽しそうですね」
 最近は朝の目覚めがすこぶるいい。そのおかげか、休みの日以外でも朝はいつもの喫茶店に寄るようになった。喫茶店に寄るようになったのは朝の目覚めがいいだけではない。ハッキリいうと、実季の顔が見たくて立ち寄っているのだ。
 もちろん、実季には香織のことを話していない。
「香織がいるのに、なぜ実季に会いに行くんだ?」
 と言われると、
「俺は実季も好きなんだけど、香織に対しての好きだという気持ちとは違っているんだ」
 としか答えようがない。
「それって二俣じゃないのか?」
 と言われれば、言い返しようはない。二股を嫌う人間から見れば私はいい加減な男に見えるかも知れないが、別に実季を口説いているわけではないので、問題ないと思っていた。
 しかし、最近ではそうも言っていられなくなった。どうやら、実季が私のことを気にしているようだ。その話はマスターから聞いた、そして、
「彼女を悲しませるようなことはしないでくれよ」
 と釘も刺された。
 マスターは学生時代から私を知っているのだから、私が二股をかけるような男ではないことを分かっているはずだ。それなのに釘を差すということは、もう一つの私の性格が気になっているようだ。
 私は優柔不断でしかも思い込みが激しいところがある。相手に少しでも気に入られてしまったら、好きにならないわけにはいかなくなってしまう。それは彼女がいても同じことだ。すぐに二人を違うレベルに置いて見てしまうのだ。
 それは卑怯な見方だった。どちらかが上の時はどちらかが下。その時々で上下を入れ替える。天秤にかけるとはまさにこのことなのかも知れない。ただ、その意識は最近までなかった。ひょっとしたら、学生時代に女性から離れていった理由の一つには、私のそんなところが見えたのかも知れない。しかも、私に悪びれたところもない。相手は失望と怒りがこみ上げてくることだろう。もし自分が逆の立場であれば、怒りを通り越して、情けないと思うかも知れない。
 今の私も二股をかけているのは分かっている。人から何かを言われてもすべてが言い訳にしかならないが、言い訳も堂々としていれば相手に口を挟ませることはない。言っている人は当事者でないのだから、こちらが堂々としていれば、口を挟む筋合いのものではなくなるのだ。
 今の私は、実季を妹のように思っている。私にも妹がいるが、似ているのだ。今は海外留学しているので、三年は帰ってこないということ、今年で二年目なので、帰ってくるまでにはまだだいぶある。
 いつも私の後ろをついて歩くような妹だった。年が離れていることもあって、妹の子守りは私がしていた。母親も働いていたので、公園の散歩など、よく連れていったものだ。
 どちらかというと実季は、私が子守りをしていた頃の妹に似ている。あどけない表情はいくつになっても変わらないものなのかと思わせるほどの純粋さが、私にとって実季の最高の魅力であった。
 最初こそ後ろに来られると、気になって前がおろそかになることもあったが、慣れてくると、後ろに気配があることが安心を与えてくれるようになった。
「俺の後ろに立つなよ」
 体格もよく、怖いもの知らずのようなやつでも、後ろが一番怖いという。秒魚の使用がないからだというのだ。確かに私も怖がりで、暗い場所などで後ろに気配を感じると怖い。大きな壁に、巨大な影が映し出されたりしたなら、これほど怖いものはない。元々影の怖さを知っているからだろうか。
 暗闇での恐怖は、スクリーンに映し出されるような大きな影だけではなく、暗い夜道などでは一定の距離を持って立っている街灯に照らされるため、足元から放射状に延びている影から感じることが多い。しかも動きながらであるので、自分の足元を中心に、グルグルと輪を描いているのだ。
作品名:短編集68(過去作品) 作家名:森本晃次