螺旋、再び 探偵奇談20
捨てる。これまでの感情のやりとりも、苦しんできたことも、全部。
「……」
「あれ、出来ないの?じゃあ瑞は助からないなあ。このまま衰弱して死ぬね」
「待て…!」
「待てない。今すぐ決めろ、この場でだ」
「……」
「瑞の命をとるか。瑞との思い出をとるか。究極の選択だな」
夕島は立ち上がると、伊吹の前まで歩いてくる。
「二つも同時に得られるなんて、ものすごく贅沢だ。いつからそんなに傲慢になったのかな?おまえたちなんて、命があるだけでも幸福だったはずなんだ。それなのに、自らの選択を悔いて、願いが叶ってもなお求めて、幾度も幾度も」
対峙する。見覚えのないその顔。一方的に向けられる悪意と憎悪に、伊吹は立ち尽くす。
「その過程が…何を犠牲にしてきたかを、考えもしないで」
犠牲…?
「ほら選べよ」
夕島の態度が徐々に苛立ちを帯びてくる。伊吹にはもう、迷う時間は残されていない。
「おまえの言う通りにするよ。だから瑞を助けてくれ。あいつが俺のことを全部忘れても構わないから」
命より大切なものなど存在しない。自分が覚えていられるなら、まだ救いがあるかもしれないと一瞬思った。だが忘れられることの方が残酷だという、これは夕島の究極の悪意なのだ。それでも伊吹は、瑞の命を取る。
「さあ、早くしろ!」
促す伊吹に対し、夕島が予想外の反応を見せた。
作品名:螺旋、再び 探偵奇談20 作家名:ひなた眞白