悪循環の矛盾
そのため、却って横顔はあまり気にしないようにした。横顔を気にしているということはあたかも相手を気にしているということを相手に知らしめることになり、本当に気にしているわけでもないのに相手にそう思わせるということは失礼に当たり、不愉快な思いをさせるからだ。
そこまで分かっている永遠はあまり人の横顔は気にしないようにした。具悪に横顔を見ちゃいそうになれば、こっちから顔をそむけるくらいになった。条件反射だったはずなのに、今回はさりげなくであったが見てしまった。彼はそのことを意識していないように思えたので、
――相手の顔を思い出せて、しかも相手が気にしていないのであれば、横顔を気にすることも否めないのかも知れないわ――
と感じるようになった。
永遠はその人の顔を穴が開くほどの勢いで見つめたわけではない。しかし結構な時間見つめていたことだろう。彼はうなだれていたが、永遠の視線にまったく気づいていなかったわけでもないような気がした。
――どうしてこっちを見ないんだろう?
そこまで相手の女性を意識していたということだろうか?
永遠は一緒にいた女性を思い出そうとした。彼女は永遠に対面するように座っていたはずなので、見えなかったわけではない。表情も手に取るように分かっていた。
会話は間違いなく弾んでいた。二人が今日初対面だとは思えないほどの雰囲気に、温かいものを感じたのも事実だし、
――こんな二人がカップルになるんだろうな――
と感じたのも事実だった。
――彼女はまわりを分かっていたのだろうか?
永遠はそう思ったが、永遠の意見は決まっていた。
――意識していたようには思えないわ。目の前の彼との会話に集中していて、まわりを意識している素振りなんか、まったくなかった――
と思い、彼女が永遠の顔を覚えているということもないと思うのだった。
それなのに、どうして無記名で出したというのだろう?
彼女にとって夢のような楽しい時間だったとすれば、フリータイムが済んだ瞬間に、その夢から覚めたということか。
もしこれがお見合いパーティでなければそれもあるかも知れない。しかしここは仮にもお見合いパーティと言われる場所である。いくら女性は安いとはいえ、参加するにはお金がいる。お金を払ってまで時間を使ってくるのだから、当然目的は誰もが一緒のはずである。
せっかく意気投合したのだから、この場所で終わりということは普通であればないはずだ。永遠はいろいろと考えてみた。
――待てよ――
永遠が感じたのは、
――彼女、怖くなったんじゃないかしら?
彼女が初めての参加だとすればどうだろう?
初めて参加したところで意気投合した相手、その時は楽しくて夢のような時間だったとしても、終わってしまうと一気に夢から覚めて、現実に引き戻されたとする。そうなると考えることとしては、
――もっともっと経験すれば、もっといい人が現れるかも知れない――
と思ったとしようか。
そんな状態で今回知り合った相手とデートをしてしまうと。相手が舞い上がっているとすれば、勘違いしたまま相手のペースに巻き込まれる可能性は高い。そう思うと、彼女の方とすれば、引き返せないところまで引っ張られることを怖がったとしても無理もないことではないだろうか。
人の欲望には限りがない。しかも積極的にならなければいけない場所であるから、最初にうまくいってしまうと、とんとん拍子で進んでしまうことで見えなくなってしまうところも多いだろう。
永遠はそこまで深くは考えているわけではなかったが、実際にはいずれ通らなければならない関門だとも思えた。彼女がそこまで考えていたのかどうか疑問だが、永遠が考えた結論としては一番妥当な落としどころであった。
永遠はそんなことを考えながらエレベーターに乗っていたが、エレベーターが一階についてから開いた扉のすぐ前に慎吾がいるものだと思い込んでいた。
だが、扉が開くと、すぐそこに慎吾がいることはなかった。少し暗くなって影ができているようなあまり広くないスペースには誰もいなかったのだ。
すでにパーティが終わってから少し時間が経っている。カップルになれなかった人はもちろん、ほとんどが家路についていることだろうが、これだけの時間が経っていれば、もし失意にあった人であっても、すでに平常心を取り戻していることだろうと思うのだった。
永遠はエレベーターから飛び出すように出てきて、後ろを振り向いてみたが、慎吾はいなかった。
――どこに行ったんだろう?
と思っていたが、彼がさっきまで気にしていなかったスペースから出てきた時、一瞬ドキッとしたが、すぐに平常心を取り戻した。
「どうしたの?」
というと、
「少し近所を散策していたんだ」
と平然と言った。
――この人は私の帰りがそんなに早くないということを最初から分かっていたのかしら?
と思ったほどであるが、なぜか彼の考えていることを怖いとは思わなかった。
近所を散策していたという言い訳もわざとらしい。まるでわざとらしさを分かってほしいとでもいうのであろうか。永遠は自分が余計なことを考えていることを不思議に思った。
――私はこんなことをいちいち考えたりすることなんかないはずだったのに――
と感じた。
いい加減といえば聞こえは悪いが、曖昧なところの多い永遠は、あまり余計なことを考えない方がいいと思っているところがあった。実際に理屈っぽくなって友達に嫌われていた時期が過去にはあった。あれは高校時代くらいのことであっただろうか。
「空気を読めない」
という意味で、「KY」などと呼ばれている時代があるほど、まわりが分かっていない人が多かった頃だったのだろう。
社会問題とまでなっていたと思った空気を読めない性格は、
――自分だけではない――
と思うと、普通なら少しは気が楽になるというものだったが、
「空気が読めない」
ということだけは、どんなにたくさん「仲間」がいたとしても、少しも気が楽になるということはなかった。
「恥ずかしいことなんだ」
という意識があった。
高校一年生になった頃、それまであまり異性に興味を持っていなかった永遠だったが、急に気になり始めた。
そのきっかけというのは、自分の友達が彼氏と仲良くしているところを見てしまったからだった。
永遠は同じ中学から入学してきた二人の女の子と仲良くしていた。一人は中学時代から仲が良かったのだが、もう一人は高校に入って初めて意識した女の子だった。
彼女は中学時代には友達が誰もおらず、高校に入学しても最初は一人だったのだが、永遠の友達が、
「あの子も同じ中学からじゃないかしら?」
と最初委気付いて、
「そうみたいね」
と、永遠も言われて初めて気がついたが、意識としては他人事だった。
「せっかく同じ中学から来たんだから、お友達になりたいわね」
と言い出した。
別に賛成も反対もなかった永遠は、この時も他人事のように、
「そうね」
と言っただけだった。
友達はそんな永遠の様子に違和感を感じることもなく、彼女に話しかけていた。