悪循環の矛盾
「あなたも同じ中学からよね。中学時代にはなかなかお話したことなかったけど、せっかく高校でも一緒になったんだから、お友達になりましょうよ」
と誘うようにいうと、話しかけられた方もビックリはしたようだが、嫌な雰囲気を持っているわけでもなく、
「ええ、いいわよ」
と、淡々と答えていた。
三人で一緒のことが増えたが、その輪の中心にいるのは、やはり言い出しっぺの女の子だった。彼女が三人グループのリーダーのようになり、後の二人をまとめている。永遠と後から参加したもう一人の女の子は、少しぎこちないと思っていたが、三人一緒の時はリーダーがまとめてくれるので何ら問題はなかった。
だが、三人の関係にヒビが入ることになるのだが、そんな時期は思ったよりも早く訪れた。
そのきっかけになったのは、リーダーの女の子に彼氏ができたことだった。
彼女は品行方正で、しかもリーダー的な存在感を醸し出す女の子だったので、彼氏がいても別に不思議ではない。だが、彼女としては、せっかく三人の「仲良しグループ」を結成したのだから、自分に彼氏ができたことを知られるとその関係がぎこちなくなると思ったのか、彼氏の存在を黙っていた。
後から知ったことでは、彼女に彼氏ができたことを知らなかったのは永遠だけだったようで、後から参加した彼女はウスウス気付いていたようだ。
永遠としては、
――リーダーに彼氏ができたとすれば、きっと私たちに告白してくれるに違いない――
と思っていたし、彼氏との仲よりも、自分たちのグループを一番に考えてくれるものだと思い込んでいた。
実際にリーダーの女の子とすれば、優先順位などつけられるものではなかっただろう。これは誰が同じ立場になっても同じ感覚を持つに違いないことで、
「理屈ではない」
と言える。
後から参加した女の子も同じことを感じていたようだが、分かっていなかったのは永遠だけだったようだ。
彼氏のことをなるべくなら隠しておきたいという思いを抱いている彼女と、その彼氏が歩いているところをたまたま見かけた永遠は、二人に話しかけていた。
「あら? 仲がいいわね」
永遠とすれば、悪意があったわけではない。
だが、隠しておきたいと思っている彼女からすれば、もし自分なら永遠が彼氏と一緒にいるところを見かけても、知らないふりをして、敢えて見つけないようにふるまうに違いないと思っている。
それなのに、無神経に話しかけてくる永遠に対し、彼女は最初どうしていいのか分からず、戸惑いを見せてしまった。
こんな態度は今まで見せたこともない、彼女からすれば、「みっともない」格好だったに違いない。
永遠は彼女にそんな思いをさせてしまったなどということを一切気にせず、
「それじゃあ」
と言って、中途半端なところで二人の前から消えた。
それは、火を起こしておいて、そのまま放っておくかのような振る舞いであり、完全に友達の顔に泥を塗ったまま、放置して帰ってきてしまったかのようになってしまった。
置き去りにされた彼女は、
「ごめんなさい」
と言って、涙を流しながら、彼の前から立ち去ってしまった。
彼は何が起こったのか分からず、こちらも置き去りにされて、どうしていいのか分からなくなっていた。
その場から無神経にも立ち去った永遠は、その後がどうなってしまっているかなどまったく知らずに、二人のことをすぐに忘れてしまっていた。
「私は何も悪いことなんかしていない」
と思っているのだから当然のことであろう。
だが、このことが三人の仲間の中に亀裂を生じさせた。
永遠に無神経な態度を取られた彼女は、後から参加した友達に永遠のことを相談したようだ。
相談された方は、
「あの人がそんな無神経な人だったなんて思ってもみなかったわ」
と、永遠の悪口を並べていた。
これは相談に来た彼女への配慮もあったのであろうが、心の中ではまだ永遠のことを友達だと思っていることで悩みを抱えていた彼女には混乱させるだけの意見であった。
相談された彼女は、高校に入ってからもずっと一人だったのは、実は中学時代に好きな男の子がいて、ずっと告白できないでいた時、ふっと一人の女の子が自分の好きな男の子に告白して付き合うようになったことがあった。
彼女は、
――私に話しかける勇気がなかったんだから私の負け。彼がその子とうまくいくのであれば、それはそれでしょうがない――
と割り切っていた。
一言で割り切っていたといっても、割り切れるまでにはかなりの時間と精神的な苦しみがあったのだが、何とか割り切ることができた。
しかし、割り切ることができたと思ってすぐのことだったのだが、噂が彼女の耳に入ってきた。
「あの二人別れたらしいわよ」
「え、どうして?」
「女性の方がフッたらしい。しかもいとも簡単にね」
「そうなの? でも確か彼女の方から付き合い始める時はアプローチしていたはずよね?」
「ええ、でも彼女、結構尻軽なんだけど、飽きればポイって性格らしいの。ドライというか、小悪魔のような人なのかも知れないわね」
という話だった。
――そんなことってないわ。私が悪いと思う必要なんかなかったんだわ――
と感じたが、後の祭り。
そう思うと彼女は、若干の人間不信に陥ってしまい、男性も女性も信じられなくなっていた。一種のトラウマというべきなのだろうが、高校に入学したのは、ちょうどその頃だったのだ。
だが、その頃から人に声を掛けることを躊躇するようになった。しかも声を掛けるとその人の顔がぼやけていて、まるで逆光に当たったかのようで、顔がまったく分からないようになってしまった。
声を掛けることに勇気が持てず、勇気を持てないことが、人の顔を覚えられないという意識と結びついて、声を掛けなくても、人の顔を覚えることができなくなっていたのだ。
「お時間がおありでしたら、喫茶店にでも行きましょうか?」
と彼は言った。
お見合いパーティに参加するくらいなので、その日のその後の予定などあるはずもなかった。
「予定がある」
といえば、それは相手を避けていることの証拠にもなってしまうと思った永遠は、
「ええ、どこかご存じですか?」
というと慎吾は、
「よかった」
という安堵の表情を浮かべ、ホッとした様子で、
「じゃあ、こちらに」
と言って、永遠をエスコートしてくれた。
彼の半歩後ろに従って歩くこと五分くらいだっただろうか。さっきの場所からそれほど離れているわけではないのに、結構遠くに来たような錯覚を覚えた永遠は、
――やっと着いた――
とホッとした気分になった。
ここまではほぼ一直線だったので、却って遠く感じられたのかも知れない。
扉を開ける時、牧場の牛が首からつけている鐘の音のような音が響いたのは、レトロな雰囲気を思わせた。表からは木造建築っぽいアンティークさだったが、中に入ると違った意味でのアンティークなイメージがあり、永遠とすれば感動に値するように思えた。
中はレンガ造りになっていて、山小屋のマントルピースを思わせた。
「なかなかシックな感じていいでしょう?」
「ええ」
――今の時代に、こんな喫茶店が残っているなんて――
と永遠は思った。