悪循環の矛盾
そもそもこのパーティはお見合いと言っても、紹介だけが目的であり、普通の結婚相談所と違って、参加者側の行動力によって成り立っている見合いである。参加者は行動力がある人たちばかりなので、当然自己主張も強いだろう。それなりのルールをあらかじめ決めておかないとトラブル発生の原因になってしまう。そんなことは許されるわけもなく、参加者にも守るべきルールとして周知されておく必要があるのだ。
シンキングタイムと称する自由時間は刻々と消化されていった。淡々と進む時間を室内の喧騒とした雰囲気に感じながら、すでにシンキングを済ませている永遠は、静かに時が進むのを待っていた。
十分程度のものだったはずなのに、三十分は経過しているかのように感じられた。皆黙々と考えているはずで、喧騒とした雰囲気など起こるはずもないのに、どうしてざわつきを感じたのか永遠には分からなかった。ただその理由を知っているとすれば、
――時間の経過がものすごく遅く感じられる自分の中の時間への錯覚ではないか――
と永遠は考えていた。
自分の名前のように永遠に続きそうな感覚すらあったくらいで、たかがお見合いパーティと言ってしまえばそれまでのシンキングタイムでそこまで感じたのは、それまで一緒だった慎吾との時間が思ったよりも早く経過してしまったことに起因しているのではないかと思うのだった。
「さて、そろそろ告白タイムとなります。カップル成立された方はここで皆さんに告知します。番号で申しますので、例えば男性の何番と女性の何番という風にですね。呼ばれた方はその場でお待ちください。最後まで呼ばれなかった方は本日は残念でした。そのままお帰りになって結構です」
と、進行係の女性がアナウンスした。
椅子に座ったままの男女は、ステージの上の進行係に注目した。皆それぞれの目的を持ってきている。友達ができればいいという程度の人もいれば、あわやくばここで将来の伴侶と出会いたいという目的を持っている人もいるだろう。純粋に恋人を見つけたいという永遠のような人がほとんどだろうと思っていたが、実際に参加してみるとニュアンスが違っていることに気付かされる。
会場の照明が少し落とされて、ステージが明るくなった。賞の受賞発表会場のような臨場感があったが、あくまでもパフォーマンスなので皆がどこまで感じているのかは分からない。
演題には小さなテーブルが用意され、その上に置かれている箱に発表予定の紙が置かれていた。
――いよいよだわ――
パフォーマンスと分かっていても、緊張はするものだ。このために参加したのであって、せっかく用意してくれた臨場感を味合わないという手はないと思ったのだった。
神妙に告白タイムが始まった。
「まずは、一番の男性と二番の女性。呼ばれた方は、そのままお残りください」
と言って、二人に交互に目配せした。
目配せされた二人も暗黙の了解のように目を見合わせたが、それだけだった。
「発表が前後しましたが、本日のカップルは五組が完成しています。いつもよりも多いですね」
と言って微笑んでいたが、何度か参加したことがあった人には今日が多いというのは分かっていたことだろう。
ほとんどの人は自分が選ばれると思っているのではないだろうか。こういうところでは自分に自信がない人でもそれなりに自信を持つことができる。そんな異様な雰囲気を醸し出していることがこの場の臨場感に結び付いている。ギスギスした雰囲気ではないが、濃い空気が異様な匂いを引き出しているのかも知れない。
どんどん発表が続いていく。五組ということはあと四組、その中に自分が含まれる確率がどれほどのものか、それぞれで計算しているだろう。
まるでロシアンルーレットのようではないか。ただし発表が進めば進むほど確率は低くなってくる。それが臨場感をいやがうえにも高めていくに違いなかった。
そんなことを考えているうちにすでに三組の発表が済んでいた。
「いよいよ半分を過ぎてしまいましたね。皆さん、心の準備はよろしいですか?」
さすがに半分過ぎてしまうと、残りの確率を考えてしまい、テンションがガタ落ちになってしまっていた。そんな状況を見たのか、司会進行役の女性は、その場の雰囲気を盛り上げようとしたのであろう。
すると四組目の発表で、
「五番の男性と……」
という答えが聞こえ、慎吾は永遠の方を振り向いた。
どうやら無意識のようで振り向いたときに見詰めたその顔は、ばつの悪そうな表情をしていた。
そんな状況を分かるはずもない司会進行役の女性は、言葉をつづけた。
「三番の女性」
それを聞いた時、
――やはり――
と慎吾は思った。
永遠は満足そうにニッコリと微笑んで慎吾を見ていた。まるで勝ち誇ったかのような表情が少し癪に障ったが、嫌な気はしなかった。
――これも女性ならではの表情だな――
と思ったのだ。
ここから先は緊張が解けたからなのか、それとも相手が決まって安心した気分になったからなのか、慎吾は放心状態になっていた。それを見つめる永遠の眼は安心している目をしていた。母性本能に満ちた目だといってもいいだろう。
発表が終わると、呼ばれなかった人がそそくさと帰っていく。
「俺たちはお呼びでない」
とでも言いたげなのか、残った連中に対して少なからずの一瞥を浴びせる形で部屋を後にしていた。
本当であれば、ばつの悪さを感じるのだろうが、勝ち残ったわけなので、別に悪気を感じる必要などないだろう。
「俺、初めて残ったんですよ」
と残れたことを本当に喜んでいるようだった。
永遠の方は今までにも何度か残ったことはあった。だからその後連絡先を交換し、デートに誘われることは分かっている。
だが、この場の雰囲気が独特なのか、それともあらたまってデートとなると、最初の印象から完全に変わってしまって、しらけムードになってしまうからであろうか、永遠はしらけムードは何度も味わってしまったことで、もういいと思っていた。
今回の慎吾には、今までに知り合った人にはない何かを感じた。どこが違うのか分からないが、少なくとも笑顔にわざとらしさを感じなかったのは、慎吾だけだったと思っている。
――相手を諭すような雰囲気がこの人にはある――
対等をいつも求めているつもりだったが、今回は相手に委ねたいという気持ちを持っているのも事実だった。
最後に残った人の顔を見ていると、ほとんどがワクワクしているようだった。永遠は自分の顔を見ることができなかったが、ひょっとすると自分も同じような顔をしているのではないかと思うと、おかしな気がした。
「この後、ご自由に交際を始めていただいて結構です。せっかくカップル成立となられたわけですから、末永いおつきあいを私どもはお祈りしております」
という係の人から話を受け、今後のことの簡単なアドバイスを受けて、その場を後にした。
初めてカップルになったようなカップルもいて、まるでお見合いの場で、
「あとは若い者同士で」
と言われ、取り残された二人のようだった。