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悪循環の矛盾

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 という言葉が頭に浮かんできて、必ず何か省略できるものが目の前にあるという錯覚に陥ってしまう。
 ただ、錯覚だと思うのは気のせいであって、見えているもの自体が虚空の世界のものではないかと考えている自分がいるのだ。
 被写体から目を離した時に、初めて自分が一人の世界に入り込んでいたことに気付いていた。しかも被写体を集中して見ていると、バランスがおかしくなってきて、中心部に行くほど小さく感じられてしまう。そのうちにまわりが見えなくなってしまい、
――省略できる部分はまわりの視界に入っていない部分ではないか――
 と思うようになっていた。
 そんな時に、大胆に省略できる部分が自分で見えてきたような気がした。それが矛盾によるものだということを意識していたわけではないのに、実際に出来上がった絵を見ると、そこに見えてくる矛盾の正体が一瞬だけ分かっているような気がするのだった。
 デッサンしていると、油絵や水彩画にはないものを発見したような気がした、モノクロだからこそ感じることなのかも知れないが、立体感を感じるのだ。油絵などはキャンバスを小さく感じることで、遠近感を取ることができ、絵の具の厚みが遠近感と結びつくことで、遠くを見ているつもりになるのだ。
 色彩が命の油絵と違い、デッサンのようなモノクロームは立体感が命と言ってもいい。光と影が絵の要素を形どっていて、コントラストを描き出しているのだった。
 デッサンを描いている永遠に対し、写真が趣味の慎吾は、
「僕は時々モノクロの写真を撮ることがあるんですよ。これもデッサンを描いている永遠さんになら僕の気持ちが分かってもらえるんじゃないかって思うんですよ」
 と慎吾がいうと、
「立体感ですか?」
 と永遠が言った。
「立体感、そうですね、色がないと濃淡が立体感を醸し出すような気がするんですよ。永遠さんも同じことを感じているんじゃないかって思うんですが、違っていますか?」
「あなたがいう立体感と私が考えている立体感が同じものなのかどうか分からないですが、どこかで接点が見つかれば、そこからお互いに結び付くものがあるはずです」
 と慎吾は言った。
 慎吾の言った立体感というものが何となく分かった気がしたが、それは漠然としたもので言葉にできるものではなかった。曖昧という言葉で片づけるより、英語で、
「アバウト」
 と言った方がいいのかも知れないが、永遠には曖昧という言葉の方がしっくりくる気がしていたのだ。
「写真を撮っているのと、絵を描いているのってどっちが本当のものを描き出しているんでしょうね?」
 少しの沈黙があって、最初に口を開いたのは慎吾の方だった。
 彼の言葉は、自分が考えている「大胆な省略」という意識を見抜いているようで永遠は少し怖くなったが、彼の言葉は少し違った意味のことを言いたいのではないかと思い、ハッとなった気持ちをなるべく表に出さないようにした。
「どういうことですか?」
 と永遠が聞くと、
「僕はですね。ファインファーを覗きながら、時々本当に目の前にあるののを忠実に写せているのかって思うことがあるんですよ。自分の目が信用できないというよりもファインダーという媒体を通すことで、描いているものの本質を描いていないのではないかってですね」
「それは、実際には目の前のものをちゃんと写せているんだけど、自分で納得のいくものを写せていないのではないかという発想ですか?」
「そうですね。でもそれよりも元々僕が、自分の目で見たり触ったりしたもの以外を信用しないという性格だったんですよ。写真に興味を持ったのも、ひょっとするとそういう自分の性格から来ているのではないかって最近になって思うんですが、だから本当に目の前のものを写し出せているのかどうか、疑問なんです」
 彼の発想は、自分に似ていると、永遠は思った。
「そのことを誰かに話したりしたことはありましたか?」
「ええ、子供の頃に近所に住んでいた女の人に話したことはありました。僕が小学生の頃に中学生だったので、三つくらい上のお姉さんだったと思います」
 女の子の成長は、思春期くらいまでは男の子よりも早いという。ませているといってもいいのだろうが、思春期前後の男女であれば、その差も歴然としているかも知れない。彼が三つ違いだということは、感覚的に五つくらい違っていたと考えてもいいのではないだろうか。
「その女の子は何て言ってました?」
「あまり考えすぎない方がいいって言ってました。慌てなくても大人になれば、その答えは出ると思うからって言われました」
――模範解答だ――
 と思った。
 もし、永遠がそのお姉さんだったとしても、同じことを答えたに違いない。だが、今の永遠であれば、同じことを自信を持って答えることができるであろうか? 自分でもよく分からない。ただ答えるとすれば同じことしかないだろうという思いはある。その立場になってみないと分からないことであった。
 永遠は、慎吾の話に興味があった。もっと話をしてみたいという思いがあったのも事実だったが、お見合いパーティというのは時間が決まっている。フリータイムもそろそろ時間が迫っていた。途中までは時間が気になることはなかったが、ふと時間を気にすると、あと少ししかないことに気が付いた。
 永遠が時計を気にしているのに気付いた彼も、
「あっ、もうすぐフリータイムも終わりですね。もし興味をお持ちでしたら、もっとお話ができればいいかなって思ってます。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
 と言って、お互いに話を終わらせて、フリータイムの終了時間を待った。
「はい、それではフリータイムはこれくらいで終了といたします。次はいよいよ告白タイムですので、意中の方がおられましたら、カードの下の方にあるお申込みカードに記入されて、上と切り離してお待ちください」
 という司会進行役の女性のアナウンスが部屋に響いた。
 参加者はそれぞれ各々で行動していて、部屋に用意されたフリードリンクに手を掛けたり、トイレに行ったりと休憩ムードだった。部屋にはBGMが流れていて、すっかりリラックスムードになっていた。
 紹介者カードには一番上に自分のプロフィールを書く部分があり、その下には趣味趣向などのPR部分、そして一番下には、気に入った相手を書く申し込みカードになっていた。申し込みカードに書くのは番号だけである。あらかじめ参加者には番号が決められていて、今回の永遠は女性の五番となっていた。ちなみに慎吾は男性の三番となっていて、永遠はしっかりと覚えていた。
 お申込みカードに書く希望相手は、第三候補までであった。それぞれの第一希望同士が合致した場合はそのままカップル成立になるが、第一希望に自分が一人もいない場合は、第二希望が候補に挙がる。もちろん相手の第一希望が他の人の第二希望と合致することもあるかも知れないが、その場合は女性の意思が尊重せれるという暗黙のルールがあるらしい。
 どちらにしても、カップル成立への選考はまったく参加者には知らされているわけではないのでブラックボックスであった。それを承知での参加となるので、文句のつけようもないだろう。
作品名:悪循環の矛盾 作家名:森本晃次