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悪循環の矛盾

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 漠然と見ることと、他人事の境地に至るのはどちらが先だったのか思い出せない。
――同時だったんじゃないかしら?
 と思うとしっくりくるので、自分の中で同時だったことにしていた。
 しかし、バラエティ番組を見ている時でも、笑ったことはなかった。テレビから聞こえてくる笑い声すら白々しさが感じられ、その白々しさが他人事という感覚に拍車をかけるのだった。
 そんな永遠が、急に笑い出したのだ。
 しかも、笑い始めると自分で制御することができないのだと知ると、さらにおかしさがこみあげてくる。
――これまでの私の人生って何だったのかしら?
 とまで感じ、そう感じることがさらにおかしさを増すことになった。
 しばし彼は永遠の笑いを黙って見ていた。そんな彼の横顔を見ていると、やっと冷静になれる自分を取り戻せそうな気がしてきた。
「ごめんなさい。やっと冷静になれそうな気がします」
 と言って、永遠はスーッと顔から熱かった蒸気が抜けてくるのを感じた。
「謝ってばかりですね」
 という彼に、
「そんなことはありませんよ。元々謝るのは好きじゃないんです」
 これは本音だったが、考えてみれば、誰かと会話をすればその時のどこかで必ず、
「ごめんなさい」
 と言っていたような気がした。
 そう言っていたことが恥ずかしいわけでも後悔しているわけでもないが、思わず口から出た言葉だということを、彼に言うのはやめておいた。
「確か、高村永遠さんですよね?」
「ええ」
 この会場で名札はつけていても、それは番号札でしかなかった。名前は三分間パートの時に相手に示す自己紹介カードを見るだけなので、彼は永遠のことを覚えていたということになる。
――二十組近くもいたのに――
 と改めて会場を見渡すと、確かに人で賑わっているのが分かった。
 やはり声は多重でしか聞こえてこない。それがパーティ会場の中でまだ自分が浮いている証拠だった。
 彼の紹介カードを見ると、名前は田島慎吾と言った。
「田島慎吾さん」
「ええ、どこにでもいるような名前で、性格もどこにでもいる平凡な男です」
 と自分から話した。
 そういうことをいう男はあまり信用できないと思っていた永遠だったので、一瞬引いてしまった。
――本当に平凡な男だわ――
 と思うと、さっきまで何がおかしかったのか、分からなくなってきた。
 しょせん、お見合いパーティに来る男なんて、皆同じだと思ったが、男性の方も女性に対して同じように思っているのではないかと思うと、感じていることを恥ずかしく思う自分と、恥ずかしく自分は思っているのに、平然と構えている男性を見て幻滅する思いとが交差していた。
 平凡な男が嫌いなわけではない。確かに平凡な男というのは余計なことを考えず、打算的ではないことで、癒しを感じさせる男なのだろうと思うが、自分で自分を平凡だという男性は、基本的に自分に自信が持てず、予防線を張っているというのがみえみえな気がして、永遠はそこに引くのだった。
 田島は永遠が引いていることに気付いていなかった。引いているのであれば、もっと言葉を選ぶのだろうが、彼にはそんなところはなく、天然と言ってもよかった。
「永遠さんというお名前はいいお名前ですよね。お父さんがつけられたんですか?」
「ええ、父がつけたって、子供の頃に何度も自慢げに言われましたよ」
 というと、慎吾は嬉しそうに、
「そうでしょう。僕も好きなお名前です」
 と言って、本当に喜んでいるようだった。
 だが、永遠の方にとってみれば、
――名前の話題なんか、今までに何度もされていてウンザリだわ。いつも話題はこればっかり、本当に面白くないわ――
 とふてくされているつもりだった。
「僕の慎吾という名前も実は父親がつけたらしいんですよ。僕の名前の由来は、当時人気のあったプロ野球選手だったらしいんですが、これもありふれた名前の付け方ですよね」
 と、聞いてもいないことを聞いた。
 ひょっとすると、永遠が自分の名前について聞かれることをあまり気分のいいものではないと判断したが、かといってここで話題をいきなり変えるというのも不自然だとでも思ったのかと考えてみた。
 だが、これはあまりにもポジティブすぎる考えで、初めて出会ったちょっと失礼に思える男性に、ここまで気を遣う必要などないと思った永遠だった。
 彼の紹介者カードを見ると、趣味のところに「写真」と書いてあった。
 永遠は写真に興味があるわけではないが、絵を描くことが好きなので、どこか共感できるところがあるような気がした。
 逆にここ以外に二人の接点はないと思い、話題を写真に向けてみようと思った。
「写真を撮られるんですか?」
 と聞いてみると、彼は
――いいところに飛びついてくれた――
 とでも思ったのか、少し興奮気味に答えた。
「ええ、写真に興味あるんですか?」
 乗り出すように聞いてきたので、
「いいえ」
 と淡々と答えた。
「それは残念。でも、僕は写真が好きで、特に風景を撮るのが好きなんです。でもただの風景というだけではなく、動きのある風景ばかりを撮っています」
「動きのある風景ですか?」
「ええ、例えば山間を走る蒸気機関車などいいですよ。煙突から噴き出した煙をカメラに収めると、煙が立体身を帯びるんです」
「いいですね」
 永遠は思わず目を瞑って想像してみた。
 この言葉は本心から出たもので、無意識に近かったと言ってもいいかも知れない。
「僕はさっきも言ったように、ありふれた何の特徴もない平凡な男なんですよ。でも、カメラのファインダーから先に見える世界を、自分だけの世界にしたいと思っている時というのは、誰にもマネのできない性格になっているということを感じるんです。趣味というのはどんなことであってもその人を平凡にはしない。きっと写真を撮っている時の僕は、普段のありふれた自分ではないんでしょうね」
 と言った。
 彼はさらに続けた。
「動きのあるものを写真に収める時の快感というのは、何というか、僕には痺れが走るほどの感覚なんです。以前、オールディーズな映画のDVDを借りてきて見たことがあったんですが、それはモノクロだったんです。色がついていないのに、なぜか迫力がある。それに似た感覚なんじゃないでしょうか?」
 という話に、永遠も同感だった。
「そうですね。それだけ想像力が膨らむというものなんでしょうね。迫力を感じるというのは想像力が飽和状態になろうとしていることを意味していて、私もその感覚は分かるような気がします」
「そう言っていただけると嬉しいです」
 と彼が言うと、最初は話題にしようと思っていなかった永遠だが、自分が絵画を好きだということを言わないわけにはいかないような気がしていた。
「実は紹介カードには書いてなかったんですが、趣味としては絵画なんです」
 永遠の趣味の欄には何も書かれておらず、空白だった。
「絵画というのはすごいですね。水彩画ですか? 油絵ですか?」
 そう聞かれるということは分かっていた。
「いいえ、デッサンなんです。最初は水彩画を描いていたんですが、挫折したというか、デッサンを描き始めるとそっちの方に嵌ってしまったんですよ」
作品名:悪循環の矛盾 作家名:森本晃次