悪循環の矛盾
「そうなのよ。逆に言えば、こういうパーティがあるから、三十歳過ぎまで独身を謳歌しようと思っている人も多いくらいなのよ。そういう意味でいけば、こういうパーティというのは需要も多いというわけなの。それも重宝されているんでしょうね。人気があるところは、結構毎回満員らしいわよ」
「そうなんだ」
と、あとの二人は感動していた。
永遠もお見合いパーティの存在くらいは知っていた。だが、参加する気分になれなかったのは、そんなところに参加して誰かにバレると、自分があたかも結婚を焦っていて、なかなか相手が見つからないように思われるのが嫌だったというのもあった。
だが、この話を聞いてそれまでまったく興味も湧いてこなかったパーティだったのに、一度興味が湧いてくると、それまで毛嫌いしていたこととはまったく違っているのではないかと思うと、次第に気になって仕方がなくなった。
別に結婚を焦っていたわけではないが、実際に参加してみて、結婚に対して真剣に考えていて、ギラギラしたものを感じると、臆してしまう自分を感じたのだ。
――ちょっと怖いわね――
圧倒される感覚に恐怖心を感じたのだが、その恐怖心が、この場所が自分の居場所ではないと感じるところまで行っていなかったことが、さらに永遠を深入りさせてしまうことに気付かせることができなかった。
――最初はただの興味本位だったのに――
実際に参加してみると、会話に入り込めない性格が災いしたのか、なかなか話に乗ることができずに、三分を無駄に過ごしてしまう。当然のごとく、フリータイムになっても、永遠のそばに誰も寄ってくることはなかった。永遠は一人で時間を潰し、まわりの会話を聞いているだけでしかなかった。
会話は多重に聞こえてくる。一組だけの会話を聞き取ろうとするのだが、どうしても他の会話が気になってしまい、一つに集中することができないでいた。
――他人事のように感じているからだわ――
的を得ている考えだと自分でも思った。
――どうしてこういう時だけ、的確な発想ができるのかしらね――
と、自分で自分に呆れていた。
そんな永遠だったが、一人の青年がフリータイムに声を掛けてくれた。見た目は大人しめの青年で、
――他の女性とは不釣り合いだと思ったから私のところに来てくれたのかしら? それとも私なら話ができるとでも思ったのかしら?
というくらいにしか思っていなかったが、それでも来てくれたことは嬉しくて、思わず笑顔になってしまった。
しかし案の定、会話に発展しない。せっかく来てくれたのに会話にならないというのでは、来てくれた意味はないと思うのだが、来てもらった本人からも話題がないのでは、人のことをいう資格はないと永遠は思った。
「あ、あの」
とお互いに同時に声を掛け、
「あっ、いいえ」
とこれも同時にとっさの声を出す。
何とベタな会話なのか、まるでテレビドラマの一シーンのようではないか。自分でもダサいと思いながらも思わず笑ってしまう自分を抑えることができなかった。
相手はいたって真剣な表情をしている。横目に見ていてそれが分かることで余計に笑いを抑えることができなかった。
彼はきょとんとしていたが、心の奥では永遠が笑っているのを見るのは気分のいいものではなかったかも知れない。しかし、それもひっくるめておかしく感じた永遠は、本当に声を出して笑い始めた。
彼の頭にマンガによくある吹き出しのようなものが見えて、そこにはボールペンで丸く書き潰したような描写を感じた。
「面白くない」
と口を尖がらせて、まるで子供がふてくされているかのような雰囲気だった。
またそれが永遠を面白がらせて、本当に笑いが止まらなくなった。
「ごめんなさい」
そう言っている永遠の眼には涙が浮かんでいた。笑いすぎて涙が出てきたのである。
「そんなにおかしいですか?」
彼はまるで子供だった。
「ええ。でも私、こんなに笑ったことって本当はないんです。私がこんなに笑える性格で、しかも笑い始めると止まらなくなる性格だなんて思ってもみませんでした」
というと、
「笑い上戸なんですね」
と彼は微笑んでいた。
その表情に新鮮さを感じた永遠は、本当は笑い上戸ではないと言いたいところだったのだが、
「はい、そうなんですよ」
と素直に答えていた。
最初のパートである三分間の会話では彼への印象はまったくなかった。彼に限ったことではなく、他の誰も印象に残っていない。永遠の心に残った人がいないということは、最初に分かってしまっていたので、その日の後半は、本当に他人事でしかないはずだったのだ。
――今日で何回目の参加になるんだろう?
と、最初の三分間パートが終わってから思った。
すでにその日は終わったことを自覚した永遠が、ふと感じたことだった。
ただ、そもそも会話にならなかった理由は、永遠が悪い。自分から話をすることはおろか、相手から聞かれたことに対しても、ほとんど声にならないような、まるで蚊の鳴くような声でしか答えていない。
「えっ?」
と何度も聞き返され、そのたびに、もう一度同じことを繰り返す。
一度言うだけでも恥ずかしいのに、二度も言わなければならないのはいくら自分が悪いとはいえ、自分でもどうしていいのか迷ってしまう。
そしてその時初めて、その日このパーティに参加したことを後悔する。
――一体私は何を期待していたんだろう?
行動に出せないくせに期待だけしていては、前に進むものも進まないということは分かっているはずなのに、どうしてこんなに後になって後悔してしまうのか、自分でもよく分からなかった。
だが、その日は今までに感じたことのない思いが永遠にはあった。何かくすぐったいような感じがして、
――そうだ、目を瞑っているところで、誰かにくすぐられているような雰囲気なんだわ――
と思った。
本当にそんなことをされたことはなかったが、妄想したことはあった。テレビのバラエティでやっていたのを学生の頃に見た気がする。ただ、その時に何かを感じたわけではなく、漠然とテレビ画面に映っている様子を見ていただけだった。
部屋でテレビをつけている時は、ほとんどまともに見ていることはなかった。好きなドラマは集中してみていたが、それ以外はほとんどテレビをつけていても、上の空で見ているだけだった。
だからテレビ画面のほとんどはバラエティ番組だった。見逃しても後悔することもなく、集中しなければいけない場面もない。何よりも他人事として見ることができるからだった。
バラエティに出演しているアイドルや芸人は、結構無茶なことをしている。それを真剣に見ていると、虚しくなってしまうのは分かっていた。だから、高校生の頃まではバラエティ番組は嫌いだった。
――どうしてあんなことまでしないといけないの?
という思いが強く、やっている方も、やらせている方も、そしてそれを見ている自分たちも情けなくならないのかと思ったほどだった。
だが、一度他人事だと思ってみると、あまり意識することもなく、漠然と見ることができる。ドラマやニュース番組のように嵌ることはないので、漠然と見ることができるのだった。