悪循環の矛盾
彼の言っていることは本当で、これは小説の話ではなく、永遠が咄嗟に思いついた発想だった。
それも以前から考えていたものではなく、彼と話をしているうちに思いついた話だったのだ。
――ひょっとすると彼の話もそのほとんどが咄嗟の思い付きなのかも知れないわ――
と感じた。
根拠があるわけではないが、自分の発想を彼が見抜いたことで、彼も同じような思いがあり、それを永遠よりも先に指摘することで自分の発想の根源を抹消しようと考えたのかも知れない。
――何のために?
何か理由がなければ抹消する必要などないだろう。
永遠は彼と話をしているうちに、お互いに腹の探り合いというよりも、自分の中の発想を表に出しながら、それでいて、根本的なことを闇に葬ろうという意識があるように思えてならなかった。
「ところで五分前の女は、結局どうなるんですか?」
これは小説ではないということを看破しおきながら、永遠にその経過を聞くというのは、彼がこの話を小説としてではなく、さらに、永遠が咄嗟に思いついたお話であるということを分かってのことであろうか。
永遠は少し考えてから、我に返ったように話し始めた。
「五分前の女は主人公である五分後の女の考えていることはすべて分かっていたんです。でも五分後の女は、逆に五分前の女のことをまったく分かっていなかった。何を考えているのか想像もつかない。それだけに怖がっているのだし、自分の中だけでも彼女の存在を抹殺しようと思っていたんです」
「二人の性格を考えるとそうなるんでしょうね」
「ええ、五分前の女は五分後の女が自分に決して追いつけないことを知っていた。しかし、実際には怖がっていたんだと思います。もしも彼女が五分後の自分に追いついてくれば、五分後の女が今の自分に乗り移って、自分という存在が抹消されてしまうと考えていたからですね。だから余計に五分後の自分を意識して、追いつかれないようにしようと思っていたんです」
「追われる方が追うよりお何倍もきついと言いますからね」
「ええ、そのうちに疑心暗鬼になってしまい、五分前の女は五分後の女の存在を知りたいと思うようになります。逆に五分後の女は五分前の女の存在を認めたくない。それでも五分前の女が自分を知りたいという疑心暗鬼からの思いが、五分後の主人公に五分前の女の存在を確定させる根拠のようなものwp与えてしまった。つまりは、五分前の女は墓穴を掘ってしまったというわけです」
「じゃあ、永遠さんとすれば、二人はいつかは遭遇することになるんですよね」
「ええ、そうです。遭遇させなければ、物語は進展しませんからね。でも本当に出会うということはありえないと思っています。それこそタイムマシンにおけるパラドックスの発想のようなものだって思うんですよ」
「タイムマシンのパラドックスというと、過去に言って歴史を変えてしまうことで、未来に戻っても戻る場所がなくなってしまっているという発想に似ているんでしょうか?」
「厳密には違います。なぜなら私の発想の中の五分前の女と、五分後の女は、もう一人の自分ではないと考えているからです」
「そうなんですか?」
「ええ、あくまでも鏡に写った自分という発想なんですよ。つまりはもう一人の自分という発想がその言葉のニュアンスと違っているんですよ」
「どういうことですか?」
「もう一人の自分の存在という発想は、あくまでも同じ世界に存在しているからこそ、もう一人の自分だって言えるんですよ。鏡の中の自分は、鏡の中という別の世界に存在しているわけなので、私はもう一人の自分という発想ではないという解釈なんです」
「なるほど、確かにそうかも知れませんね。もう一人の自分という発想が同じ世界に存在していることを大前提だとすれば、鏡の中という別世界では厳密の意味でのもう一人の自分ではないということですね」
「ええ、その通りです」
永遠の話を聞いて、慎吾は納得したのだった。
「僕がもう一人の自分の存在を最初に感じたのは、自分の中にもう一人の自分を感じた時だったんだ。それがいつだったのかは覚えていないんだけど、よく夢にもう一人の自分が出てくるようになって、そのことがもう一人の自分の存在を無視してはいけないと思わせるようになったんだ」
と慎吾がいうと、
「そういえば私ももう一人の自分が出てくる夢を時々見ることがあるわ」
と永遠が返した。
「そうなんだよ。誰もがもう一人の自分が夢に出てくるということを意識はしていると思うんだ。でも誰も何も言わない。言ってはいけないタブーになっているということを無意識のうちに感じているのか、それとも自分だけが感じていることなので、他人に言うと笑われるという意識があるのかなどいろいろ考えてみた」
慎吾は永遠が自分と同じような夢を見ると言ったことで、思った以上に興奮しているようだった。
「それでどう思ったの?」
「僕は、もう一人の自分を夢に見た時というのは、決まって怖い夢を見たと感じて夢から覚めるんだ。だから、怖いという意識があることで、皆、人に喋らないんじゃないかって考えているんだ」
「なるほど、そうかも知れないわね」
「これは僕が思っていることなので、他の人がどう感じているのか分からないんだけど、夢というものについて少し考えてみたいんだ」
「私も夢というものを時々考えることもあるわね。夢というものがどういうものなのかって、実際に言われていることと比較して考えてしまうわ」
「実際に言われていることというと?」
「私が夢に対して感じていたことを言葉にして表現した内容で、しっくりくるものとすれば、『夢というのは、潜在意識が見せるものだ』ということになるのよ。潜在意識というのが自分の中でどのようなものなのかって漠然としていて分からなかったんだけど、それが夢と結びつくことで、潜在意識と夢という二つの漠然としたものを一挙に理解できるものにしてくれるんじゃないかって思ったことがあるわ」
と永遠がいうと、慎吾は何度も
「うんうん」
と頷いて、さらに興奮しているかのようにも感じた。
しかし、少々の興奮も慎吾という人間の元から持っている落ち着いた佇まいに興奮の度合いががハッキリとは分からなかった。
「僕は夢を見ていて、基本的には目が覚める時には忘れるものだっていう意識があるんだ。目が覚めるにしたがってというべきかな? だから目が覚めてから忘れてしまったと意識することもあるし、夢から覚める途中を意識していることで、目が覚めてから忘れる過程を覚えていることもある。でも、夢の内容を覚えていることもあるんだよ。そんな時は決まって怖い夢を見る時なんだ」
と慎吾がいうと、
「それは私も同じことです。でも、私はもう一つその先を感じたことがあります」
「どういうことですか?」
「夢というのは、時々見るものではなく、眠っている時に必ず見ているんじゃないかって考えているんです。だから、目が覚めてから覚えていないのは、夢の内容だけではなく、夢を見たということ自体を覚えていないということなんです」