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悪循環の矛盾

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「ええ、自分で見る時は鏡に写っているものは見えても、本当の自分を見ることはできないでしょう? だから他人の目が必要になる。その人は鏡の中の自分と、本当の自分を同時に見ることなんてできないじゃない。どんなに急いで振り向いても、若干の時間差が生まれる」
「それが時間差だというの? もしそうだとしても、そんな一瞬で違うという感覚を感じることなんかできるのかしら?」
「その一瞬が大きいかも知れないよ。鏡の中に見えていたものが実際にはなかったり、実際に見えているものが鏡の中にはなかったりするかも知れない。だって同時に見ることはできないんだからね」
「でも、鏡と被写体の延長線上に自分を置いて、さらに自分の後ろに鏡を置いたら?」
 と永遠は言った。
 言った後に、
「あっ」
 と思ったが、彼がニコリと笑ったことで、彼にも分かったような気がした。
「そんなことをすれば、無限ループに嵌りこんで、左右対称どころの騒ぎではなくなってしまうよ。鏡の中の自分が後ろの鏡に写って、さらにそれが前の鏡に写る。想像してみればいい」
 言われるまでもなく、永遠は想像してみたが、
――きっと彼も同じ発想を頭に抱いているんだろうな――
 と感じた永遠だった。
「そんな僕が最近になって、二重人格なんじゃないかって思い始めたのも、そういう意識があったからなんだ」
 と慎吾は言った。
「二重人格なんですか?」
「僕は、左右の手で別々のことができる性格ではないので、二重人格ではないと思っていたんですよ」
 という慎吾に対して、
「えっ、左右で別々のことができることと二重人格って関係があるんですか?」
「さっきも話したように、絵を見た時に、見ている方とみられている方の両方を感じた時、左右の手で別々のことができない自分を意識したんです。そこで自分に対して矛盾を感じたことで、自分が二重人格なんじゃないかって思うようになったんです」
「それで実際に二重人格のような何かがあったんですか?」
「二重人格というわけではないんですが、僕は精神年齢が本当はもっと上なんじゃないかって思ってしまったんです。三十代や四十代ではなく、五十代くらいに感じることがあるんですよ」
「でも、それって今までに歩んできた年齢ではないので、五十代というのがどういう感覚なのかって、ただの想像でしかないですよね。それなのに自分の精神年齢が五十代だって思ったんですか?」
「ええ」
 永遠は彼のまっすぐに自分を見つめる目を見て、彼がどうやら嘘や冗談を言っているのではないということは分かっていた。
 そして、彼が今まで傾けてきたウンチクは、自分が二重人格でしかも精神年齢が五十代であるということを言いたいがための前提ですかないように思えて、妙な気分にさせられた。
 また少し会話が止まってしまったが、それは彼が何を言おうか考えているわけではないようだった。むしろ頭の中を整理できていない永遠が、頭の中の整理を待っているかのようだった。
「実は、僕にはもう一人の自分がいるんですよ」
 いい加減ここまで唐突な話に付き合ってきたが、さすがにここに至っては、信じられない気持ちになってきた永遠だったが、なぜか怒る気になならず、落ち着いた口調で返事をした。
「どういうことなんですか?」
 永遠の口調が落ち着いているだけに、相手とすれば、言葉の裏には怒りがこみあげてきているのが分かりそうなものだが、慎吾の方も落ち着いていた。
 ここまでくればお互いに落ち着きという我慢合戦でもしているかのようだった。
「もう一人の自分という発想は、本当に発想でしかないんですが、それは僕の身体の中にもう一人の性格が潜んでいるということではないんです。本当に僕という人間が、別の人間としてこの世に、同じ時間をどこかで生きているように思うんですよ」
「言っている意味がよく分からないんですが」
 と永遠は若干戸惑っていた。
「それはそうでしょうね。僕がずっと考えていることを、いきなり他人である永遠さんに言って、分かるはずもないですよね。でも、逆に僕は聞いてもらうだけでいいんです。実際に考えている僕にも信じられないことなんですからね。そういう意味でも、僕は二重人格なんじゃないかって思うんです」
「それは、信じがたいことを考えている自分と、そんなことを考えている自分を表から冷静に見ている自分ということですか?」
「いいえ、そうじゃないんです。信じられないと思いながら理解しようとしている自分と、最初から理解している自分との二重人格なんです。その二人は他の二重人格と言われる人のように、片方が表に出ていれば、片方が裏に隠れていて、同時に表に出てくることができない二重人格と違って、僕の場合は、両方が表に出ている二重人格なんです」
「ということは、片方は表に出ていながら、黙っているというだけのことなんですか?」
「それも違います。どちらも表に出ているんですが、出ているだけで矛盾が起こってしまっている。両方の手で、別々のことができないのは、それぞれの自分をうまく後ろに隠すことができないからなんじゃないかって思うようになりました。音楽ができないと思っている人でも左右同時に別々のことができない人であっても、練習すればできるようになると僕は思っています。でも僕のようにもう一つの人格を意識できていて、両方表に出ている人には、どうしても左右同時に別々のことはできません。その反動と言ってもいいのかも知れませんが、もう一人の自分がこの世に存在しているということを信じられないと思いながらも信じることができているんでって思います」
 という慎吾の話に、さすがの永遠もついていけなくなっていた。
 それでも、聞かないと気が済まない。分からないだろうと思いながらも、彼が言いたいことを聞いてしまわないと、絶対に後悔すると思ったのだ。
「ところでそのもう一人の自分というのはどこにいるんですか? あなたは見たことがあるんですか?」
 と永遠は二つ質問した。
 彼は、落ち着いているが、その質問が連携しての質問であることは分かっているので、最初から周知していたに違いない。
「会ったことはありませんが、見たことはあります。どこにいるのかは実際には僕にも分かりません。僕自身、最初は信じられなかったので、近づくことができませんでした」
「でも、よくそれがもう一人の自分だって分かりましたね。そんなに顔が似ていたんですか?」
「永遠さんも分かっていらっしゃるかと思いますが、自分の顔というのは、写真に写してそれを見るか、鏡に写っている顔を見るくらいしか見る方法はないと思うんですよね。だから自分の顔を毎日のように見ているナルシストの人でもなければ、もし自分に似た人が目の前を歩いているとしても、意識などすることはないと思うんですよ。逆に顔が似ているわけでもなく、無意識にでも引き合う感覚があれば、そっちの方が信憑性が高いと思いませんか?」
「確かにそうですね。じゃあ、あなたはその人とインスピレーションが合致するか何かを感じたんですか?」
「いいえ、そうじゃありません」
 さすがに永遠もここまで自分の返答を否定され続ければ、面白くない。
 怒りがこみあげてくるのをグッと堪えて、
作品名:悪循環の矛盾 作家名:森本晃次