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悪循環の矛盾

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「何か病気だったんですか?」
 と永遠が聞くと、
「自閉症と診断されたらしいんです。ただ軽いもので、心理的なところを診るのに、箱庭療法が使われたということなんです」
「それはいつ頃のことなんですか?」
「まだ幼稚園くらいの頃の幼児だったと記憶しています。小学校に入学する頃には治ったということなんですが、僕も記憶の断片にあるだけで、どんな治療だったのかも覚えていません」
「そうだったんですね」
 知り合ったその日に、いきなり過去の病気の話にまで触れるというのはどういうことなのだろう? 普通であれば、隠そうとすることではないか。
 性格的に実直な人であれば、誰かと付き合うのに、自分のすべてを知っておいてほしいと思う人もいるだろうが、お見合いパーティでその日に知り合っただけの相手にそこまで話すというのは、永遠には信じがたいことであった。
「実は僕が城の絵を見て、どこかで見たことがあるような気がすると思ったのは、その箱庭療法の時期に見た絵が影響しているんじゃないかって思うんです。もちろん、どんなものを見たのかまでは覚えていませんが、覚えていないことを思い出したということであれば、その頃の記憶だったのではないかと思うのも、自分にとって不思議なことではないと思っています」
 慎吾の話を聞いていると、信じがたいと思えることも、不思議と納得がいくことなのではないかと思えてくる。
「絵の中のお話に、まだ続きがあるんですか?」
 さっきの話が中途半端だと思った永遠は、その続きが気になって聞いてみた。
「ええ、そうなんです。でも、その前提としてどうしても箱庭療法を受けていたということと、その頃の記憶をたまに思い出すということをどうしても言っておきたかったというのも本音なんですよ」
 と慎吾は答えた。
「ええ、僕が絵を見ていて、急に真上からズームアップされて見えるというところまでお話しましたよね」
「ええ」
「そのズームアップした絵の中にいた誰かと僕は目が合ったような気がしたんです。思わず目を逸らしてしまいましたが、その時、思わず僕は瞬きをしてしまったんです。すると、今度は自分の目線は急に上を向いているような気がしたんです」
「ひょっとすると、絵の中に入り込んだような気になって、絵の中を見ている自分と目が合ってしまったという感覚ですか?」
 と永遠は言った。
「ええ、その通りなんです。よく分かりましたね」
「お話を聞いていて、何となくですが、そういうお話ではないかと思ったんです」
 と永遠は言ったが、実は永遠にも同じような思いをしたことがあった。
 そのことを永遠は敢えてここで話そうという思いはなかった。慎吾は自ら聞いてほしいと思って話をしているのであって、それに永遠が合わせる必要はない。逆に冷静になって抑えを利かせるくらいの方が、お互いにいいのではないかと思ったほどだった。
 慎吾は永遠の気持ちを知ってか知らずか、それ以上のことを詮索するつもりはなく、自分の話を続けた。
「僕は絵画や写真などの芸術的なことに大いに興味を持っていて、芸術的なことに一度は首を突っ込んでみたいと常々思っていたんですが、音楽だけはどうしてもできないと感じて、最初から首を突っ込むことはしませんでした」
 またしても、話が飛躍した。
――この人は一体何を言いたいのだろう?
 と、永遠は思った。
 永遠が戸惑っている様子を見て、彼が面白がっているかのように見えたのが少し癪に障ったが、その思いを顔に出すことはしなかった。
 彼はそれをいいことに、さらに話を続ける。
「どうして音楽ができないと思ったのかというと、音楽というのは、両手で何でもこなさないといけないことって多いじゃないですか。ピアノにしてもギターにしても、両手を使う。しかも、その両手が同じ動きをするのではなく、左右でそれぞれの役割を持っていて、別々の動作をすることで音を奏でることになるんですよ。僕にはそれができなかった。右手で何かをすると、左手も左右対称の同じ動きをしてしまうんです」
 左右対称という言葉を聞いて、鏡という世界を想像した。それは閃いたというよりも、咄嗟に思いついたと言った方がよく、その時、慎吾と同じことを考えることができるのではないかと感じたのだ。永遠はその話も慎吾にしようとは思わず、再度自分の心の内に止めておいた。
「絵の中から絵を見ている自分を見たと一瞬感じましたが、また瞬きをしてしまって、すぐにその感覚を錯覚ではないかと感じてしまいました。きっと錯覚だったんでしょうが、時間が経つにつれて、ふとした時に、その時見た一瞬の光景を思い出すようになったんです。しかも鮮明にですね」
 それが彼のいう「左右対称」とどういう関係があるのだろう。
 永遠はすぐにその発想に行きついたわけではないが、いろいろ思い描いているうちに、最終的にその発想に至ったのだ。
 鏡の中の左右対称は、物理的な左右対称であるのに対し、彼のいう鏡の中の左右対称は、いわゆる「心理的な左右対称」と言ってもいいのではないだろうか。それを意識させる一番の表現がさっき彼が言った、
「音楽における左右対称」
 というイメージに繋がっていくに違いない。
 左右対称というと、絵を描く場合では、
「たやすい部類になるのではないか」
 と感じたことがあった。
 ただ、左右対称と言いながらも、本当の左右対称がどれほどあるというのだろう。左右対称に見えて、微妙に違っていることも大いにあるのではないだろうかと永遠は思うのだった。
 確かにバランスを重視して、どこから描きだせばいいのか考える場合、左右対称のものであれば、真ん中さえキチンと認識できていれば、何とかなるというものだ。最初は分かっていなかったが途中で気付いた時には、
――絵を描くというのもまんざらではないわね――
 と感じたものだった。
――彼も同じことを感じたのだろうか?
 永遠は、慎吾にも同じような思いがあったのではないかと感じた。
 ただ、彼が絵画をやめたのはこの左右対称がどこかで影響しているのではないかと思うと、何か皮肉な感じがしてくるのだった。
「でも、左右対称って、絵を描く上では、却って都合のいいものなんじゃないかしら? 最初の筆の落としどころも迷うことがないような気がするけど?」
 と永遠がいうと、
「確かにそうなんだけど、本当に左右対称に見えるものでも、本当に左右対称なのかって考えると、絵を描いていて分からなくなってしまうんだ」
 と、彼は永遠が感じたことをそのまま感じているようだった。
「それはどういう意味で?」
「左右対称に見えるものであっても、距離が違っていれば、微妙に見えるものも錯覚になってしまうでしょう? 僕は錯覚から先に考えてしまって。左右対称に見えるものも信じられない気がするんだ」
「鏡に写ったものも?」
「僕は微妙に違っているように思えるんだ。それは視覚に訴えるものではなく、感覚的なもので、いわゆる時間差のようなものではないかと考えているんだ」
「時間差?」
作品名:悪循環の矛盾 作家名:森本晃次