悪循環の矛盾
慎吾が自分の話を真剣に聞いてくれていると永遠は思った。
「でも、表に出てくる性格と、裏に隠れている性格の両方があるのだとすれば、それは二重人格ということになりますけど、永遠さんは二重人格をどう思いますか?」
「私は人というのは大なり小なり、二重人格なんだって思っています。裏表のない人なんていないと思うと、理解できる気がするんですよ」
というと、
「逆に言えば、二重人格だから裏表があると言いたいんですか?」
と、彼はまた不思議な問いかけをした。
「ええ、そうです」
質問の意味を分かりかねていたが、感じたままを答えた。
ただその返事に自信があったわけではなく、どちらかというと自信がなかったので、彼の意見を聞いてみたいと思ったのも本音だった。
「僕は本当にそうなのか? って思います。二重人格者以外でも裏表のある人っているんじゃないかって思うんですよ」
その話を聞いて、永遠は少しいら立ちを覚えた。何にいら立っているのかは分からないが、とにかくムカついたというのが本音だった。
「私が思うのは、二重人格者というのは自分のことを卑下していると思っているんですよ。だから、その思いを隠したいと思う。それが余計に力が入ってしまって、まわりに裏表をハッキリ見せてしまうことになるんじゃないかって思うんですよね」
それを聞いて、今度は慎吾に何か感じるものがあったようで、
「それは永遠さんが自分のことを二重人格だと意識しているように聞こえたんですが、失礼でしたら申し訳ないです」
申し訳ないと言いながら、声は上ずっていて、目は挑戦的に見えた。その思いは永遠にも分かったようで、
「ええ、そうですね。私は二重人格だという自覚があります。だからまわりの目が気になってしまって、一歩踏み出せないでいた。お見合いパーティに参加するようになったのも、そんな自分を変えたいという意識があったのだと思っています。今まで出会いがなかったのはそんな私の気持ちを皆看破しているからだって思っていたんですが、今日慎吾さんとお知り合いになれてよかったと思うようになりました」
「そうだったんですね。そんな風に感じていただいているのに、僕の方も少し感情的になってしまっていたようです。悪気はないんです。許してください」
慎吾はそう言って、深々と頭を下げた。
永遠も言い過ぎたと思ったのか、
「いいえ、いいんですよ。こうやって本音をぶつけ合うことができるというのも、相手の気持ちを分かろうとしているからなんじゃないかって思うんです。お話をしていて自分のポリシーと違う発想を感じて、少しいら立ってしまったところもありましたが、本音でお話ができるのはありがたいことだって思っています」
と永遠がいうと、
「そうですよね。僕も実は会社ではまったくの無口で、下手に自分の本音を他人に話したりすると、見透かされてしまうことで、こちらが不利になってしまうことが往々にしてありますからね」
「会社というところはそうなのかも知れませんね。共同で一つのことを成し遂げるというと聞こえはいいですが、その中でも競争は仕方のないことですからね。ましてや競争がなければ成長もありません。そういう意味では仕方のない反面もあると思っています。だからこそ、会社以外での気心が知れた知り合いを持ちたいと思うんでしょうね」
「ええ、それが同性であっても異性であっても同じこと。どこまで自分を出せるかということが重要なんだって思います」
「永遠さんは、自分を二重人格だと自覚していると言いましたが、自覚するということは、二重人格を悪いことだと思っておられるんですか?」
「いい悪いという観点で考えれば、悪い方に入るんだって思います。でも二重人格を最初からいい悪いで判断してしまうと、その本質を見誤ってしまうように思うんですよ。だから自分を二重人格だって思うことは自分という人間を見つめる時の材料にしようと思っているんです。いわゆる前提条件のようなイメージですね」
「なるほど、よく分かります。ただ僕は二重人格のそれぞれの性格が正対しているものだけではないと思うんです。普段は片方が表に出ていて、もう一つが裏に隠れている。自分で自覚している人のほとんどは、いい部分だけを表に出そうと思っていて、それができている人なんじゃないでしょうか? でも稀に自覚している人でもその制御ができない人がいる。それが小説の『ジキルとハイド』のお話を作り出しているんじゃないかって思うんですよ」
「あの話はそうですよね。作者が自分で二重人格を意識していたのかどうかまでは分かりませんが、少なくとも裏の部分の人間は悪い人間として描かれている。そして彼は変身する薬を自ら開発し、自分の中にあるもう一つの性格、道徳からの解放を快楽として望み、その望みをかなえることで、別の人間を作り出すことに成功したけど、最後には悲劇となって大団円を迎えるというお話ですよね。私は悪の性格を悪いことだとは思えない気がしてきたんです」
と永遠は言った。
「どういうことですか? 二重人格のもう一つの性格を悪の性格だって思っているわけではないんですか?」
「私は単純に道徳の解放への快楽を悪いことだとして一刀両断に切り捨てることが嫌だと思っているんです。確かに悪いこととして意識していますが、本当にそうでしょうか? 本当に悪いことというのは、その意識を自分の中に封印し、知らないふりをしてずっと生き続けることではないかって思うんです。ハイド氏は確かにジキル博士の作り出したもう一人の性格の自分です。でも、そのことを知らないままずっと生き続けるということってできるんでしょうか? 一生のうちに必ず気が付く時があるはずです。それがいつになるかによって、その人の一生が決まってくるような気がするんです」
それを聞いた慎吾は少し考えてから、
「じゃあ、永遠さんは人というのは大なり小なり二重人格性を持っているものだとお考えですか?」
「ええ、そうです。しかも、正悪という考えではなく、正対している考えという意味ですね。それこそ裏があって表があるという意味です。だから、二重人格の人が、その性格を両方とも表に出すことってないと思っているんですよ」
「うーん、難しいお話ですね」
慎吾は頭を下げて、考え込んでいるようだった。
「あっ、すみません。せっかくのデートなのに、こんなお話になってしまって。でも、私はこういうお話をするのって実は好きなんです。なかなかできる人もいませんからね。そういう意味でも慎吾さんとお知り合いになれたことはよかったと思います」
「それは僕も同じです。僕の方から話題を振ってしまったのだから、恐縮するのは僕の方ですよ」
お互いにそう言って笑顔を見せた。
「じゃあ、もう少しこのお話を続けましょう」
と慎吾がいうと、
「ええ、お願いします」
と永遠も答えた。
「僕は二重人格だって自覚したのは、中学に入った頃くらいでしたかね。その頃から情緒不安定に陥ってしまって、いわゆる鬱状態のようになってしまったんです。誰にも言えずに一人悶々とした毎日を過ごしていると、一日が中々過ぎてはくれませんでした」