悪循環の矛盾
と思い、ホッとするのだが、その時感じたドキッとした感覚は夢から覚める時、
「決して忘れてはいけない」
と自分に言い聞かせているにも関わらず、忘れているのだった。
次に思い出すのは、同じシチュエーションの夢を見た時、
――また同じ夢を見た――
と感じるからだ。
その間、どれほどの月日が経過したのか、分かるはずもなかったが、思い出そうとしている自分を感じた。
永遠がそんな過去の夢を思い出している間、慎吾は何も言わなかった。永遠の方を振り向くこともなく、永遠の時間に合わせていた。だから彼がその間何を考えていたのかは永遠にも分からない。
永遠が我に返ったその瞬間を見計らったかのように、
「唐突な質問で申し訳ないです」
と、言った。
――どうして私が我に返ったことが分かったんだろう?
と思うほど永遠は慎吾が自分を意識していなかったことだけは分かっていただけに、不思議に感じたのだ。
「私、今あなたが言った実年齢と精神年齢がかけ離れているという話を聞いて思い出していたのが、時々見る夢のことだったんです」
と永遠がいうと、
「ほう、それは興味深い。僕も夢はたまに見ますが、その内容はほとんど覚えていることはないので、あまり気にしないようにしていたんです」
と慎吾が言った。
「それはわざと意識しないようにしているという意味ですか?」
「そうとも言えますね。覚えていないことをわざわざ思い出そうとするのはしんどいものですよ。忘れるには忘れるなりの理由があると思うと、別に必要以上に思い出そうとしなくてもいいような気がしたからですね」
なるほど、慎吾のいうことにも一理あった。
いや、彼の言っていることの方が正論なのかも知れない。正論というよりも自然な考え方だと思えば納得がいく。何かを考えるというのは、最後に自分を納得させるためだと考えれば、これほど自然なことはないからだ。
「あなたを見ていると、本当に自然体な気がしてきます。私が今まで知り合った人にはいないタイプの人ですわ」
と永遠は思った通りをいうと、
「ありがとうございます。額面通りに受け取ると、とても嬉しいです」
彼以外の人がいうと、皮肉にも聞こえるようなことも、彼に言われると皮肉に聞こえないのは、永遠の思い込みなのだろうか?
彼から、
「額面通り」
と言われ、初めて自分が皮肉を言っていることに気付かされた。
永遠は後になって、
――しまった――
と思うようなことをたまに口にすることがあった。
相手の気持ちを考えながら話をしているつもりでも、時々その思いよりも先に口が動いてしまうことがある。それは言いたいことを先に言ってしまわないと気が済まないというよりも、忘れてしまうという思いが強いからだと思っている。
――人の顔は覚えられない。言いたいと思っていることもすぐに言ってしまわないと、どんどん忘れてしまう――
永遠は、自分が忘れっぽい性格だということを意識し始めたのは、その両方が揃ったからだ。
元々は、言いたいことを忘れてしまうことの方が意識としては強かった。人の顔を覚えられない方が重症なのに、言葉がそれ以上だと思ったのは、人に気を使っているつもりでも心と裏腹に言葉が出てしまうことがあったからに違いない。
「慎吾さんは、なるべく無理をせずに無難な方向を選ぶ方なんですか?」
若い人であれば、少なからず冒険心を持っているものだと思っていた。
特に男性であれば、女性に比べて物欲に強いものだと思っていた。それは禁欲や性欲と違って、形に現れるものという意味で、自分の立場や名誉などと言った、いわゆる「名誉欲」などがその代表的なものではないだろうか。
それなのに、彼と話をしていると、物欲のようなものが感じられない。趣味を実際に実益にしようという意識もないようだし、まだ三十歳代の前半というと、永遠から見れば、まだまだ青年と言ってもいいくらいの年齢だった。
だが、自分の年齢よりも実際には七つも上なのである。どうしても年上という意識で見ているので、落ち着いて感じられるのは当たり前のことだと思っていたが、こうもあからさまに欲が見えてこないと、やはり彼の言うように、実年齢と精神年齢がかけ離れているという感覚はまんざら嘘ではないような気がした。
だが、永遠の考えている精神年齢は、実年齢よりも若いというのが前提なので、彼がどのように自分を感じているのか、聞いてみたい気がした。本当に実年齢よりも年上に感じているのであれば、永遠には分からない感覚である。
これは永遠に限らず、実際に実年齢よりも精神年齢が上だと感じている人にしか分からない感覚に違いない。そう思うと、自分が彼にどうして興味を持ったのかということも分かってくる気がした。
慎吾は永遠の質問に少し考えてから返事をした。
「無理をせずという考えは、僕だけに言えることではないと思うんですよ。無難という言葉で片づけるのではなく、自然な意識として持っていることだと思いたいんですよ」
と答えた。
――自然な意識?
そうだ、永遠が彼に感じた感覚は、この思いに感銘したことから始まったのではなかったか。彼の話を楽しいと思うのは、自然な話を自然に言葉にして話してくれることで分かりやすいという思いが永遠の中にあるからではなかったか。
「自然という言葉、私は癒される気がするんですよ」
と永遠は言った。
「癒されるという言葉、いろいろな発想ができますね」
今まで自分が自然に振る舞ってきたと思っていたことが、後から考えて、どこかわざとらしさを感じてしまうこともしばしばあった。それは人に言われて気付くことも結構あったので、その都度恥ずかしい思いをしたものだ。
――指摘してくれる人はありがたい――
とは思うが、相手も指摘してあげなければ自分では分からないと思っているから、指摘してくれたのだと思うと、さらに恥ずかしさが倍増する。
顔が真っ赤に紅潮し、胸の鼓動が激しくなりそうになってくる。そんなことを思い出している永遠を横目に見ながら慎吾は永遠の言葉を待っている。どう答えていいのか分からずにいたが、分からない時点で、返答に困ることは分かっていた。
――会話というものは、テンポに乗ることができなければ、深みに嵌って、うまく意思の疎通ができない――
と思っていた。
だから、永遠は会話が苦手だと思っていたが、友達との間では間髪入れずに言葉が出てくる。やはり遠慮せずに話ができることが一番自然であって、気を遣っていないつもりで気を遣っていることが一番自然な状況を醸し出しているに違いないだろう。
癒されるということに対して、慎吾がどうしていろいろな発想と言ったのか考えてみたが、考えていると永遠は、別のことを聞いてみたくなった。
「慎吾さんは、自分の性格を持って生まれたものが強いのか、それとも、今まで生きてきて培われたものが強いのか、どちらだと思いますか?」
「そうだね。どちらが強いという発想は、前提として、自分を作っている性格の中に、持って生まれたものと、育ってきた環境の中で培われてきたものとの両方があり、共存しているということですよね?」
「ええ、そうです」