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悪循環の矛盾

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「この喫茶店は、僕が大学時代から使っているところなんですよ」
 と言って奥のテーブルに腰かけた。
 店とすればそれほど大きなところではなく、テーブル席が三つに、カウンター席も十人も座ることができないほどのこじんまりとした店であった。
 その日はカウンターに一人の客がいるくらいで、他には客はいなかった。一人いる客は一度もこちらを振り返ることもなく、背中を丸めてコーヒーを飲んでいる。他の人への関心はないようだった。
「いらっしゃいませ」
 アルバイトだろうか、一人の女の子が水を持ってきてくれた。
 大学生に見えたが、ひょっとすると主婦のアルバイトかも知れない。
「僕はブレンドだけど、永遠さんは何にします?」
 と慎吾が聞いてきた。
 慎吾は、
「高村さん」
 とは呼ばずに、
「永遠さん」
 と呼んだ。
 普段であれば、そんな言われ方には慣れていないので、胡散臭さを感じるのだが、その日はなぜか新鮮な気がした。喫茶店の雰囲気が新鮮に感じさせたのかも知れない。
 それに彼はリーダーシップには長けているのかも知れない。普通、お見合いパーティに参加する人は引っ込み思案な人が多く、そのくせ、恋人がほしいという思いだったり、結婚したいという思いが人一倍強い人だと思っていた。
 だが、よく考えると本当にそうだろうか?
 永遠は自分を顧みると、
――私は真剣に結婚したいと本当に思っているんだろうか?
 と考えてしまう。
 永遠だけではない。実際に結婚願望が他の人よりも強い人で、お見合いパーティでいい人を見つけたいと思っている人でも、果たして積極的になれるだろうか?
 そう考えてみると、さっき忘れ物を取りに戻った時に見てしまった男性のことを思い出した。
 彼は確かに一人の女の子と仲睦まじく会話をしていた。意識しないようにしていても、二人の雰囲気は独特で、人が割り込めないほどの雰囲気を醸し出していて、それだけに、――二人の間に割って入ろうなんて人、いないに違いない――
 と思っていた。
 実際に告白タイムにおいて、彼らは最初から決まっていたようなものだと思っていたことで、その日のカップルが五組だと聞かされて、四組目が決まった時、
――五組目はあの二人なんだわ――
 と感じたのも確かだった。
 しかし、実際に違ったことで、
――私の気のせいだったのかしら?
 と感じ、自分がカップルになったのも、何かの間違いのようにも感じられたほどだった。
 だが、忘れものを取りに行った時、彼がもじもじしながら、どうしようか迷っていた時、彼がどのような行動をとろうとしていたのか、分かった気がした。
 だが、さっきまでの威風堂々とした態度が、ここまで未練がましく感じられるようになるのをあからさまに見せられると、トラウマになってしまうのではないかと思えたほどだ。しかし、彼の気持ちになってみれば、本当に信じられないと思うのは当然であって、確かめなければ気が済まないというのも当たり前のことだろう。それほどさっきの二人は意気投合していたのだ。
 実際に永遠も、
――あの二人がうまくいかないのであれば、今日はカップルが一組もいないことになるんじゃないかしら――
 とまで思ったほどだった。
 しかし実際には普段とあまり変わらない五組がカップルとなった。逆にいつもより多くない方が却って不思議に思うほどで、
「逆も真なり」
 を思わせた。
――彼が本当に確かめたかったのは何なんだろうか?
 と思った。
 カップルになれるはずだったのになれなかったことで、落胆しているのは分かったが、カードにあるはずの自分の名前を確かめたかったということであろうか?
 彼女が三つある希望者の中の何番目であるかによって、彼は自分の存在価値を図るつもりだったのだとすれば、まさか自分の名前が載っていないことを想像もしていなかったはずなので、その落胆は想像できなかった。
 だが、冷静に考えれば、名前があるはずもなかった。彼女を指名した人がいたのであれば、他の人とカップルになっているはずである。それがないということは彼女が誰の名前も書いていない証拠であろう。
 彼を見ていると、落胆しているというよりも、考え込んでいるように思えた。永遠は彼の心境になって考えてみたが、彼女の性格からすれば、誰の名前も書かないというのは、信じられない気がしたのだ。
 しかし、誰の名前も書かないというのはルール違反ではない。逆に気のない人の名前を書く方が誠実さに欠けるというものだ。
 誰の名前も書かないことを潔さだと思う永遠だったが、彼に納得できることなのかどうか、そこまでは分からなかった。
 しかし、永遠の中で、
――彼女の参加目的は、他の人とは違うものだったのかも知れないわ――
 と感じた。
 求める相手が違っていたというのが一番妥当な目的への理由だろうが、どんな相手を求めていたというのか。
「一緒にいて楽しい人」
 永遠の目的とすれば、それが第一だと思っている。
 彼女は一緒にいて楽しい相手を見つけたはずなのに、敢えて名前を書かなかった。そう思うと明らかに永遠とは目的が違っていた。
 永遠の求める相手が一般的だと思っているが、本当であろうか? 人によって求めるものが違っているのは当たり前のことだが、そう思うと、目の前にいる、カップルになった相手である慎吾はどうなのだろう? あらためて考えさせられる。

                  もう一人の自分

 改まって正対してみると、お見合いパーティでの彼とは雰囲気が違っていた。ということは、自分の雰囲気も彼には違って見えているということでもあり、どんな風に相手に見えているのか、少し気になっていた。
 目の前に鎮座している慎吾の雰囲気は落ち着いて見えた。確か彼の年齢は紹介カードには三十三歳だと書かれていた。二十六歳の永遠には大人の雰囲気を感じさせる今の彼が新鮮に感じられた。
 お見合いパーティでは趣味の話をしたのがよかったのだろうと思っている。お互いに好きなことを話している時というのは、きっといい表情をしているものだと思っている永遠は、彼に一番いい表情を最初に見せることができてよかったと思っている。しかし、それ以上の表情をこれからも見せられるかどうか分からないので、最初に一番いいところを見せてしまったというのが本当にいいことなのか、疑問に感じていた。
 お見合いパーティの会場は、結構明るかった。それに比べてこの喫茶店はレトロなうえにシックな雰囲気を醸し出しているので、店内は薄暗くなっていた。
 薄暗くても、実際の暗さとは比較できないというのは、暗さが影響しているのではなく、重厚な雰囲気が暗さを演出しているので、決して悪い気はしない。その思いを持つ人が多いことで、この店が常連さんでもっていることはよく分かった。
 お見合いパーティの時の雰囲気とは正反対であるにも関わらず、彼に対してのイメージがそんなに変わっていないのは、彼がその場の雰囲気に馴染める素質を持っているからなのかも知れない。まるでカメレオンのように順応でき、その場にいても違和感を一切感じさせないことが彼の一つの特徴だと言えるのではないだろうか。
作品名:悪循環の矛盾 作家名:森本晃次