小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3
第十三話 草引き 2 逃げ
このことを報告しないわけは無い。ちょうど寄ってきた三智の肩をひっ掴んで、訴える。
「三智! 俺、人の心が見えたんだ!」
「いった! どうしたのっ?」
「見えたんだよ! てか昨日も見えた。人の心が、俺の目に!」
明らかに怪訝な目を向ける三智。
「ここ、こらっ! あんたたち外で何やらしいことしてるのよ!」
声の主はレコミ。顔を真っ赤にして、またも癇癪を起こしている。
「レコミ、そう怒ってばっかりだと短命に終わりますよ」
杏子さんがレコミの後頭部を撫でる。手に鎌を持ちながら。草刈りの途中だから仕方ないとはいえ、「短命」というワードチョイスはあまりにも鎌と嚙み合う言葉ではないだろうか。
「もう今日は終わりか?」
ビニール袋を二袋持って、買い物帰りのオバチャンみたいにガニ股で歩いてくる五色。
言われて、レコミはポケットからスマホを出す。
「え⁉ もう昼⁉ 時間が経つの速すぎよ! まだ終わってないところがあるのに!」
草引きは昼までと決まっている。具体的な時刻が厳密に決まっているわけではないが、杏子さんによれば長年、「どれだけ作業が残っていたとしても、昼食より大事な作業ではない」という思想が尊ばれ、今年の部員もそれを尊く思っている。別に昼メシが遅くなってまで草なんか引く気はないし、他の部員や代々のOB・OGもそう思っていたんだろう。
「今日一番草を引いてなかったのは誰かしら?」
俺を見ながらレコミが言う。
居心地が悪くなって目を泳がせる。その場にいた他の部員たち全員、俺を見ていた。
「マサ樹! 掃除道具全部運びなさい? 命令よ!」
「ううっ」
幸運にも今日は、草刈り機という重たい機材は持ってきてない。理奈瀬姉妹たちが持っている鎌と、部員全員がしている軍手だ。これくらいなら大丈夫だろう。その代わり……
「部長! 後で部室戻ったら、報告したいことがあります。それを信じてくれるなら運びます。でも信じなかったら運びません! 絶対に、意地でも、天地がひっくり返っても、天が崩れ落ちても……とにかく絶対運びません!」
狂ったように叫ぶ。もちろん演技。しかし、俺に人の心が見えたということを信じてもらいたいから、先に約束させておかなくてはならない。
「わ、分かったわよ……なんかちょっと怖いわねあんた……」
よっしゃ! レコミがビビッてるぞッ! 屈服させられてる女のうちの一人をビビらせられるなんて、とても嬉しい。
「な、なるほど。レコミは案外、強引さに弱いんですね……見習いましょう」
アゴに鉄砲型の手を当て、ふむふむと頷く杏子さん。杏子さんは強引な性格ではないため、おそらくレコミの癇癪を鎮めることは難しいだろう。
と、三智が耳元で囁く。
「それって、心が見えるとかいうこと?」
俺はコクコクと頷く。すると、三智は再び囁く。
「心が見えるなんて、あたしも信じられないよ。レコミちゃんが信じるわけないじゃん」
カチンときて、俺は三智の耳元で囁く。
「もし信じたら、来週の土曜は起こしに来ないって約束しろ」
三智は余裕の笑みをたたえている。そして再び囁く。
「もし信じなかったら、何してくれんの?」
生意気なっ! 試すような口調しやがってっ。レコミに信じてもらえないことを、もう確信しているってのかっ。
だが、俺には自信がある。茶波ちゃんの姿を誰も見ることができないなんて、そんなのあってたまるか。よし、ここは……
再び三智の耳元で囁く。
「き、キスしてやるっ! ほっぺただけどな!」
刹那、俺の顔面が熱でホカホカになる。
「ば、バカじゃないの⁈ ……」
さすがの三智も、顔が真っ赤である。日頃の鬱憤を晴らせたのは良い点だが、想像より遥かに恥ずかしいのは誤算だった。もう言わないでおこう。
「あんたたち何してんのよ! さっさと部室戻るわよ!」
気づけば、レコミ他三人は遠くを歩いていた。
「い、今すぐ行く!」
遠くのレコミらに向かって大きな声を出し、すたこら走る。レコミたちに追いつくふりをして、本当は三智から逃げるために。
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3 作家名:島尾