小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3
着々と枯葉をゴミ袋に詰めながらも、瞼を重たそうに下げて懊悩していらっしゃる。
「とても。とても悩んでいるんですよね……」
「……なるほど、保健体育に関することですよね」
ふるふると顔を横に振る杏子さん。素っ気ない首振りが、草刈り機の回転刃のように、俺の心を抉って流血させる。
「最近、レコミの癇癪がどんどん酷くなってると思うんですよ。ワタシはどうしたらあの子を冷静にしてあげることができるのか、本格的に悩んでまして」
一枚の枯葉がゴミ袋に入ってゆく。杏子さんの手によってではなく、風によって。
「ええと……理奈瀬家にはレコミを泣き止ませる秘術? があるんですよね。そういうのでレコミを冷静にするっていうのは」
「あるわけないでしょマサ樹君。あれは単なる冗談・演技だったのです。レコミに特許について教えたのは、他でもないこのワタシなのですから」
「ごめんなさい」
無表情が怖い。感情が正確に読み取れない杏子さんの顔、パない。
「あ、その、今すぐには思いつきませんから、また別の機会に」
「また別の機会ですね。楽しみです、とても」
平坦な眉と眠たげな目で期待される。そんなに見つめられたら、野外で睡眠してしまう。そもそも期待されたところで、理奈瀬家の問題に対する解決策なんか浮かばないよ……
解決策が浮かばなかった俺はそそくさと杏子さんのもとを去り、三智を捜す。野外プレイで辱しめるってのもいいが、トイレに連れ込んで犯すってのもいい。……強き者に挑まなければ、何事も始まらない。どんな難題を乗り越えるときも、その方法には必ず挑戦が含まれる。よし。
周囲を見渡す。
「くっそ……!」
三智は近所のおばあさんと談笑しながら草を引いていた。
挑戦は別の機会にしよう。
「みんな、楽しそうで、いいな……」
「え?」
振り返った。いきなり、背後で声がしたから。
「き、君は! 茶波ちゃん⁉」
二つ結びの彼女。全身が藍色だ。またも、藍色のコートに包まれている。
なぜここにいるのか。いつからいたのか。
「マサ樹くんも、楽しそう。私も、みんなみたいに楽しく過ごせたのかな……」
俯いて、地面の砂を足先でつついている。
「あんまり楽しそうじゃないと思うぞ、今は。三智くらい……かな」
今日はやけに暗い雰囲気だ。いつもなら、最初に俺だけが冷めた感じで、その後五色が賑やかに話しかけてくれて、レコミに怒られ、すがるように杏子さんのほうを振り向けば、遠くのほうで草引き・草刈りに邁進《まいしん》している彼女が観測される。そんな感じなのに(ちなみに三智は、いつもどこかに消え去ってしまう。レコミの決定に反して)。
フッと、今日見た夢のことを思い出した。
「き、昨日はどこで寝てたの? まさか、駅の改札付近……?」
顔を上げた茶波ちゃんは、きょとん、と俺を見つめる。
「ごめん。なんでもない」
手で口を塞ぐ俺。女の子になんてひどい質問をしてしまったんだろう。
「昨日も、今日も。ずっと、私はマサ樹くんに付いていってたよ。東浜美駅から宗司が浜駅までの電車に、私も乗ってた。そこからマサ樹くんの家まで付いて行って、マサ樹くんのリビングにあったソファーで寝て」
直立し、黙って聞いている俺。血の気がどんどん引いて、背筋が凍っていく。
「マサ樹くん、朝は女の人に起こされてるんだね。その人と一緒に学校来てたよね。お友達がマグネット散らかしちゃって、マサ樹くん拾ってたよね。ずっと見てたから知ってるの」
足先の前の盛り上がった土に落とされる目線。今にもやみそうな風の中、冷めた笑顔で。
目視不可な人物にストーカーされていたという事実は一旦置いておこう。
「で……でも、昨日浜辺に行ってから、君はいなくなった。透明人間になったってことか?」
「透明人間とは違う、かなぁ」
おもむろに右の肘をゆっくり曲げて、右の手のひらに目を落とす。そこから発されているのは、俺が昨夜最も衝撃を受けた例のもの、黄緑色の光だ。
「ゆ、幽霊とか……?」
幽霊なんて、まさか。そんなのこの世にいるわけない。人間の作った幻想なんだから……彼女はきっと別の答えを言ってくれるはずだっ
「私は、心。身体を抜け出してきた、心」
首を上げて空を見上げる彼女は、眩しそうに目を細める。その先に何があるかと思って俺も見てみると、直射日光が思いっきり目に差し込んできた。
「茶波ちゃん、直射日光を見たらダメだ」
しかし、体勢をピクリとも変えずに茶波ちゃんは太陽を見続ける。
「私は、いいの。新しい光さえ手に入れば」
新しい光……
「その手の光、捨てるって言ってたよな。それ捨てて新しい光を手に入れるってことか? それにどういう意味があるって言うんだ」
ギラギラと輝く刺々しい太陽。それを見つめ続ける茶波ちゃん。ふと、太陽に向けて、黄緑色に光る右手をかざす。
「私の手で光ってるこれ、希望の光なの」
太陽光と自分の手を同時に仰ぎ見ながら、一回り大きな声で言う茶波ちゃん。太陽の光はやたらと眩しくて、茶波ちゃんの身体が消えたみたいになっている。
「……希望の光?」
「そう。普通、希望の光は見えない。でも、私の希望は消える途中だから、こうして見えてるの。だから、新しい光が欲しいの」
かざされたままの右手。肩がプルプル震えている。少し下を見れば、左手は拳を握って、やはりプルプル震えている。
「おーい、マサ樹ー」
突然、三智が俺を呼ぶ。反射的に声がしたほうを向いて、三智が走ってくるのが目に入る。
(さ、茶波ちゃんは……)
すぐに茶波ちゃんのほうに向き直ったら、もうそこには誰もいなかった。
「どこ……行ったんだ?」
虚空に消え去ったかのように、いつの間にか茶波ちゃんはいなくなっていた。
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3 作家名:島尾