小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3
第十二話 草引き 1 いつの間にか
今日のポイントは公園。勝岡《かつおか》公園という、学校から五キロほど離れた住宅地の中の公園だ。なぜここが選ばれたのかは知らない。
「昨日の今日で疲れてるかもしれないけど、みんな頑張って草引きするのよ! それでは各々、持ち場に付きなさい?」
草が揺れるほど弾ける甲高い声で、部員を激励するレコミ。大きめの軍手がハマった手を元気よく天に向けて、今日も元気この上ない。
「レコミちゃん、あたしとやろ?」
一回りも背の高い三智が、笑顔でレコミの肩に手を置く。手にはもう軍手がはめられて、やる気満々だ。
「あんたとはやらないわ! わたしが子供みたいに見えるじゃない! どうせあんたはわたしの頭を子供みたいに撫でまわして、母性本能を満たすつもりなんでしょう? 誰もそんな上から目線の人間と行動するわけがないわ!」
お前が言うな。そして三智はどうしてそのままの笑顔なんだっ 傷の一つくらい負えっ
「まあまあ、遠慮なさらずにぃ」
強者の強制。雪崩に押し流されるように、小さな部長はいとも簡単に連れ去られた。
「もう! もう!」
いつもギャーギャー喚くレコミは一見、肉食動物にも見える。しかしその実体は、キャンキャン吠えるか弱い仔牛《こいぬ》なのだ。
「まったく、何やってんだかあいつらは」
呆れながら言う坊主頭は、いつの間にか枯れたエノコログサの茎を忙しそうに集めている。五色は取り掛かりの早い優秀な部員なのだ。さすが元野球部。
「どうする? ゴミ袋持ってくるか?」「おう、頼む」
優秀でない部員は、彼の下支えに回る。つまり、姑息にサボるのだ。本当に俺は、優秀じゃないなぁ。
だいたい、土曜の朝っぱらから草引きなんて。坊主頭の男ならまだしも、うら若きJKが休日の朝にジャージで土いじりなんて、悲しすぎやしまいか。山のように友達を従えている三智なんて、その友達らに草を引いてる姿なんか見られたら、ステータスの急降下は避けられないだろう。まぁ、俺はそれを望んでいるんだが。
ゴミ袋を持ってきた俺は、五色の隣にそれを置いて俺も隣に座る。
「なぁマサ樹。お前、今でも考えてるのか? くだんないこと」
手を動かしながら言う。でも、土に向かう目は真剣で、やんちゃなイメージの丸坊主にはふさわしくない。
「くだんないことって何だ」
「お前さ、オレが四月に何質問したか覚えてるか?」
真剣な目を継続しながら言う五色。せかせかと、草引きも同時並行で継続している。
「……何だっけ」
「お前、窓の外見て、すっげー遠い目してたんだよ。春の陽気で日向ぼっこしてるみたいにも見えた。でもよ、俺はそれだけじゃないって思った。だから、『どうしたんだ』、って質問したんだよ」
「さすがに覚えてないぞ、そんなん」
『どうしたんだ』って、もはや質問じゃなくて心配の声かけでしかない。
唐突に五色の草引き運動は停止。よく分からない沈黙が流れる。
「五色?」
「オレだって、そんな自分の質問を今だに覚えてるなんて予想しなかったさ。お前があんなふうに答えなかったら」
ますます五色の面持ちはシリアスになる。ヤンチャのイメージが崩壊する一方だ。
「お前よ、『なんで生きてるんだろうって思って』、そう答えたんだよ。バカみたいにカッコつけて、眩しいだけの太陽なんか見つめてさ」
再び忙しなく草をかき集め始めた五色。二本の腕の動きが機械のように、次々と草を回収していく。なんだか雑だ。
「……言ったような、言ってないような。でも、長年の疑問なんだよ。本当に」
刹那、五色は停止。
と思ったらいきなり、軍手の中に収めていた枯れたエノコログサを、機械のように勢いよく俺に投げつける! エノコログサは空気抵抗によってフラフラと地面へ向かっていく。
「そんなこと、考えてんじゃねえよ! そんな暗いこと。お前の人生は別に暗くも何ともねーんだから。オレとか、三井浜さんとか、杏子さん、ついでにレコミもいるんだからよ」
「いや、俺は別に暗くなってるんじゃなくて、マジで疑問なんだ。てかどうしてそんなことを今……」
「部室ではバカ話になっちまったから言えなかったんだよ」
「じゃなくて、どうして今それを……」
「昨日、お前、四月のあの日みたいな目、してたんだ。やっぱ気づいてなかったっぽいな。もしかして、また『なんで生きてるんだろう』とか考えてたんじゃ」
「なあ、五色」
話を途中で遮る。
「どうした。やっぱり生きることに疑問抱いてたのか?」
「いや、違うんだ。昨日さ、女の子、いたよな。全身藍色の女の子。髪まで藍色の」
「浜で言ってたアレか。俺は全く見えなかったけどな。その女のせいで、また考えちまったのか?」
「そうじゃない。でも、俺には見えたんだ。お前はどう思う、この現象」
またも沈黙が訪れる。
五色の質問に答えていないことで、五色は怒ってしまっただろうか。
妙に冷える風が、ゴミ袋に入れる途中だったエノコログサたちを散乱させる。
「……まあ、お前が幻覚を見ていた、ってのが一番有力だろうな。現にオレは見えてないし、他の部員も見えてないだろ多分。お前が『なんで生きてるんだろう』って考えたせいで、お前だけに見えた幻覚としか考えられない」
「そんなはずはないと思うんだけどな」
冷たい風も相まって、俺と五色の間に流れる変な空気が気まずい。
そのとき。
「あんたたち、なにやってんの! 手ぇ動かしなさい! 掃除しなさい!」
うげ、レコミ。恐ろしい三智の手から自力で脱出してやがったのかよ。
「美化部のくせに掃除しないなんて、生きてる意味がないわ! 五色は坊主頭だからタワシ、マサ樹は……とりあえずモップになりなさい?」
例によってギャーギャーと甲高く鳴きながら、公園の草引きに必要ない掃除道具の名前と、俺たちの間に流れていた空気をぶち壊す言葉を投げかける。
「ああ? んだレコミ! 生きてる意味が無いだと? 生きてる意味を考えたことも無いようなお前がナーニ偉そうにカタってんだよ! 生きる意味を考えるのが人間だろ」
おい五色、お前の主張に致命的な矛盾が生じてるぞ。言わないけど。
そこからレコミvs.五色の醜い言い争いが始まり、道行く人が白い目で見て通り過ぎていたので、俺は全力で他人のフリをし、別の場所を見回した。
最も適切なポイントは、少し離れたところで一人作業に邁進《まいしん》するうら若きJKがしゃがみ込んでいた花壇だった。俗物に目もくれず、俗世間から独立した彼女の姿を見て、俺はそこへ向かうことを決意する。
「杏子さん、精が出ますね」
杏子さんは、五袋ものゴミ袋を枯葉で満杯にしていた。凄まじい執念を燃やし、尽力していたことは一目瞭然だ。でも、細かいことながら、それは草引きじゃなくて草集めだ。
「ああマサ樹君、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
促され、俺は杏子さんの左隣にしゃがむ。杏子さんは汗をかいて少し酸っぱい匂いになっていたが、逆にそれが良い。なぜなら、女の子の香りだから。五色には絶対に内緒だな。
「ワタシね、実は最近悩んでるんですよね」
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3 作家名:島尾