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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 3

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第十七話 この世に存在する君へ


 ウミネコがニャーニャー鳴く小さな浜辺に二人で座って、夕日を眺めている。

「東浜美駅の海のほうが、綺麗だね……」
「明らかにあっちのほうが綺麗だよな……」

 流木やゴミが波打ち際にひしめいてる。汚らしい海岸だ。おまけに砂浜は、海岸線と遊歩道のコンクリートの間の距離が、身長よりも短い。俺たちは体育座りを余儀なくされている。

「朝の女の人、マサ樹くんの幼馴染だったんだね」
「ああ。あいつ、ムカつくんだよな。いっつも上から目線で」

 転がっていた石を取って、海に投げる。
 着水した石。
 その水音は、波打ち際でバチャバチャ鳴る水音と、海風のヒュウヒュウという音と、ウミネコのニャーニャー鳴いている声に掻き消されて聞こえない。

「三智さんって、どんな人なの?」

 瞬時に三智への不満が募る。

「友達がバカみたいにいて、毎日楽しんでるやつ。俺の布団に入り込んで、俺をからかって面白がってるウザいやつ」
「それは言いすぎだよ、評価の仕方に問題があるよ」

 実に真面目な口調で言われた。もう一度考え直してみる。

「……明るくて、……えーと」

 三智に対してはマイナスなイメージしか持ってこなかったため、プラスのイメージがなかなか浮かばない。

「そうだ。鬱陶しいけど、なんだかんだ俺を見捨ててはない。そこはプラスかな。土曜の朝に起こしてくれなきゃ、部活行ってないだろうし。クラスではあいつしか親しいやついないし。たまに熱出して休んだ日は、目が覚めたら俺の部屋の机でゴソゴソしてるし。大晦日の大掃除は、俺の部屋を代わりに掃除してくれるし。わざわざ」
「……」

 茶波ちゃんはこっちを向かないから、聞いているのか分からない。こっちを向いてくれないかなぁ。

「友達が多いってのも、認めたくないけどプラスなのかもしれない。大勢の中心にいるようなやつだから、それだけでプラスってふうに評価されるのかもしれない」

 茶波ちゃんはゆっくりと二回頷き、海の向こうを見て、俯いた。

「茶波ちゃん?」
「私、分かった。三智さんに私が見えない理由」
「本当か? 是非とも教えてくれないか?」

 藍色の髪の毛に隠れて、顔が見えない。

「きっと、真逆の人だから。私とは」

 波が、ざぶん、ざぶんと鳴る。ウミネコの鳴き声に、カラスの声が重なる。

「真逆?」

 こくん、と一回頷いたことによって、より頭が下に向いてしまった。

「みんな、楽しそうで。楽しそうだったみんなの輪の中に、私は全然入れなかった」
「それはほとんど初対面だからで」

 ボー、と船の汽笛が空に響く。ウミネコがその船を追いかける。
 茶波ちゃんは黙っている。黙っているけど、手のひらの中の黄緑色は、煌々と光っている。右手を焼き尽しそうな勢いで。
 黄緑色の光は、希望の光だ。そう茶波ちゃんは言う。だとしたら、こんなに強く輝いているのが不思議だ。強く輝いているなら、希望に満ち溢れているということではないのだろうか。でも茶波ちゃんは俯いている。

「茶波ちゃん」
「……何?」

 やっと顔を上げてくれた。ちょっとだけ乱れ気味な髪の陰になった、寂しそうな顔を。髪の毛の隙間から漏れる一本の細い太陽光が、寂しげな瞳から一センチ外側の頬を照らしている。

「どうして希望が黄緑色の光に見えてるんだ? 希望に色は付いてないし、希望の光なんていうのは比喩で、実際には誰も目にすることなんてできない。希望の光が色づいてるのは、茶波ちゃんが形の無い心って概念だからなのか?」

 ふるふる、と首を横に振る。髪の毛の毛先が、肩で揺れる。

「希望の光が見えないのは、みんな、それなりに希望を持ってるからだよ。ある程度希望を持ってるから、みんな生きていける」
「どういうことだ?」
「希望の光っていうのはね、希望の数なの」
 落ちていたオレンジ色のタカラ貝。それを右手でそっと拾って、太陽光線にかざす。タカラ貝に太陽光と黄緑色の光が同時に反射し、黒灰色の中に無数の輝く白点が現れる。縁《ふち》はオレンジ色で染まる。

「希望の……数?」

 カラスが、カーカーとうるさく鳴く。アホ、と言ってるのだろう。

「!」

 突然貝を投げ捨てて立ち上がったかと思うと、今度は遊歩道に向かって急に走り出した。

「ちょ、茶波ちゃん! 希望の数ってどういうことなんだ? 俺バカだからさ、意味が分からなくて……」

 追いかけようと立ち上がる。と同時に茶波ちゃんがこっちに振り返る。

「……茶波ちゃん」

 振り返った茶波ちゃんは、泣いていた。

「ほんと、私ってさ。希望が無いの。見てよこの光、黄緑色なんだよ? 信じられないよね」

 茶波ちゃんは、煌々と光る手のひらを俺に突き出す。

「神様って意地悪だよね。あんたにはたったこれっぽっちしか希望が無い、情けないと思わないのか、って怒られてるみたい。怒られても、無いものは無いのに」

 だらん、と腕を落とす。
 いまだ謎だらけで頭が全然働かない俺。とりあえず、茶波ちゃんが立ち止まってるから、今のうちに彼女の元に向かう。

「マサ樹くん、手、広げて」

 言われて、俺は手を広げる。俺には茶波ちゃんみたいな綺麗な光は無い。溝が無秩序に走っているだけの、そこら辺にある量産型だ。

「マサ樹くんは生きてる。マサ樹くんの手は光ってない。だから、マサ樹くんには希望があるの。生きていけるだけの希望が。私はもう希望を持てないから、マサ樹くんが羨ましい。生きていけることが羨ましいの」
「光ってないから、希望がある?」
「そう。光ってないってことは、希望の数が多いってことだから。マサ樹くんは、これからも元気に生きていけるよ。大丈夫」

 にこっと微笑んで歩き始める茶波ちゃん。俺は放置責めなんか好きじゃない。

「待ってくれ!」
「え?」

 俺が呼び止めたのは、光のことをもっと知りたいからじゃない。

「今日、どこで寝るんだ?」
「……それは」

 案の定、茶波ちゃんは答えられない。じーっと海なんか見て目を逸らしている。
 その先に寝床なんてないというのに。

「俺の部屋で寝てもいい。別に変な気とか起こさないし、茶波ちゃんは寂しそうだから、そういう気になれない。だから俺の部屋で安心して眠ってくれ」

 水平線からもくもくと伸びる積乱雲よりもはるか上の空で輝く太陽は、まだオレンジ色に染まる綺麗な夕日ではない。そっぽを向いたままの茶波ちゃんは美しくもない積乱雲付近に目を向けたまま、ほんのり赤く染まった横顔をこっちに向けている。

「茶波ちゃん、消えないでくれ。気味が悪いとか、幽霊にストーカーされてるみたいで気持ち悪いとか、そんなんじゃないんだ。茶波ちゃんは形の無い心だとしても、人間の一部だってことに違いは無い。それなのに、茶波ちゃんが見えないとか消えるとか、そんなのは嫌なんだ。だからせめて」
 
 腹にぎゅっと力を込め、拳をグッと握る。それだけは、お願いしたいんだ。



「いつでも俺に見えるようにしてくれ! 茶波ちゃんはここにいるんだから!」