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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 2

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第十話 幼馴染の悪癖


「がはっ! ゲッホゲホ!」
「お。やっと起きた」

 目を見開くと、白い壁が目に入った。これはつまり、直前の俺が布団の中で体勢を横向きにして寝ていた証である。
 今は土曜日の、朝。証拠はさっきの声だ。

「三智、またお前か……」

 朝から俺の部屋によく通る声。その主は、幼馴染である三智のもの。三智は草引きが行われる土曜日の朝七時に、俺を起こしに来る。理由は二つあって、一つは家が隣だということ、もう一つは俺が朝、全然起きれないということだ。三智は、小学生のときから俺を起こすことを愉《たの》しんでいた。かつては、毎朝欠かさず俺がくるまっている布団を無理矢理引き剥がし、寒がる俺は笑い者にされた。それでも起きないときは霧吹きで顔面をびちゃびちゃにして、やっぱり笑い者にされた。毎朝泣きそうになりながら布団から出た日々を、俺は今でも忘れていない。
 起こし方に変化が現れたのは、中二の夏だった。当時、俺はベッドの下に道端で拾ったエロ漫画の切れ端をこっそり隠していた。しかし、嗅覚の鋭い三智は容易くそれを発見したのだ。それが、それまで俺を虐げることで満足していた三智に新たな愉しみの種を植え付けた瞬間だった。その日から、三智は俺が寝ている布団の中にわざわざ潜り込んで腹をくすぐるという悪趣味を持つ。幼馴染とはいえ三智は女の子、女の子の匂いがムンムンする身体だ。無駄に発育が良かったから、毎度背中にふにふにむにむにと柔らかいものを当ててられ……ぴちゃっと接着させられて……性的な精神攻撃を食らっていた。その日から毎朝、快楽入りの屈辱感に苛まれ、女子に辱められることの敗北感で泣きそうになりながら、布団を脱出した。キズだらけの忘れたい過去だ。
 この拷問が毎朝から毎週土曜日の朝に変わったのは高校一年に入ってからである。入学前に事前に友達を作っていた三智は、男の家の布団に毎日潜り込むという変態的行為を、ある友人に非難・嘲笑されたという。それ以降は毎日起こしに来ることはなくなった。四月の中旬だった、「朝嫌がらせするのやめて、何してるんだ?」と質問したとき、三智は「友達がいっぱいできたからマサ樹なんかにカマってられないんだよ」と、余裕のこもった上から目線でほざいて、友達が多いことを高らかに自慢した。こいつは俺が絶対できないことを話題にして優越感に浸るような、ムカつくやつなんだ。

「起きないの?」
「この腕をどけろ」

 普段はくすぐるだけで終了するのに、今日はなぜか首をがっちりホールドされている。

「俺が起きない間、ずっと首締めてやがったな?」
「だって全然起きなかったし。こうすれば起きるかと思って」

 何一つ悪びれるそぶりがない。耳元でいたずらっぽく囁かれ、背中にふにふにし
たものを躊躇なく押し当て、脚を絡ませる。それが普通のなれ合いであると言わんばかりに、三智の性的攻撃は継続される。……柑橘系の匂いめ、チクショウ!

「俺が起きなかったら首絞めて殺すのか? 究極の眠りに近づくだろ」
「ふふふっ。まあいいじゃん。それより布団の中、あったかいね。このまま、寝ない?」

 ぺたぺたと体中を触られ、声はいちいち甘ったるい。耳元で囁かれ続けて、脳内にとろみが生まれ始める。骨伝導より直接的に、脳へ淫靡《いんび》な嬌声《きょうせい》を送り込まれている。「寝る」という単語のチョイスにも明らかな悪意があるだろう。こうやって俺を弄び、愉悦に浸るのがこの女の悪趣味だ。俺は「はい」と答えるわけにもいかず、とりあえず首に巻き付いた腕を引き離すことに決める。

「……っ! ……ッッ! 固い!」
「ふっふっふ。そんなに簡単に切れる仲じゃないでしょ? ねぇ」

 ぎゅむっ

「がはっ! ……ぐうっ」

 腕に加速を付けて引かれる。ばね仕掛けのネズミ捕りに引っかかったみたいに、首が締め上げられる。同時に、いい匂いが改めて鼻腔をくすぐり、むにむにしたものが惜しげもなく背中を支配する。冥途へ送る前のご褒美ってか!

「……し、ぬ……」

 くっそ、なんて幼馴染だ。同い年なのに、こんなにも抑圧されるなんて。正確には俺の方が一か月ほど先に生まれてるのに。くそっ
 そうだ、同い年なんだ。俺は長年にわたり抑圧されて屈服しているから、こいつには絶対敵わないと思い込んでいる。しかしそれは誤りだ。俺の方が多分筋肉あるし、本気になったら形勢逆転も可能だ。これはもう本気になるしかない。殺される前に。

「はぁッ‼」

 バサ! 
 俺の巨大な力によって吹き飛ばされる布団。

「キャッ!」

 俺の巨大な力によって布団から押し出される三智。

「しゃあっ!」

 自らの巨大な力を見せつけることに成功してご満悦の俺。

「ああ、やっと解放された。さっさと起きよ……う?」

 布団からのそのそと四足歩行で這い出た俺。
 それがダメだった。
 仰向けになって床の上に広がった三智の、その豊満な胸に、指が食い込んでしまった。今日は、緑がかったブラウンのニット服を着こなしている。

「マ、マサ樹……さすがにそれは、恥ずかしい……」
「ど、どうだ! 思い知ったか男の力! ふふぁっ」

 し、信じられない。いっつも俺を屈従させることしか頭にない三智が、ちょっと形勢逆転したらこんなに弱体化するなんて。

「ど、どいてよ」
「やかましいメス犬! お、俺は、ついにこの害獣を、……やっつけたんだ!」

 三智のスベスベした前腕を汗まみれの手で押さえつける。汗で滑ることがないように、手のひら全体を腕に密着させて摩擦力を最大にする。

「いたいよっ」
「はははっ」

 正常位って、女が下になるから自動的に女を見下せるんだ! ついに俺は三智をねじ伏せた、ついに長きにわたる抑圧からの解放! 今こそ反撃の時!
 首を責めてきたやつには、首を責められるべきだ。目には目を、首には首を。

「ぺろっ」「ひゃっ!」

 ゾクゾクする……首筋は良い匂いなだけでなく、甘い汗の味もするんだな。

「ぺろ、ぺろっ、ぺろペロペロ……レロレロ」
「マサ樹、やり過ぎ……ひゃぁ! あんっ」
「じゅるるるるるぅ! ぺろっぺろっ……べろーっ」
「ひゃあああっ……アツい、なんかアツいよ……やめてぇ!」

 顔が真っ赤に燃え上がってる。目がとろぉん、としている。息が荒くなっている。さほど長くもない山吹色の髪の毛が、大胆にも四方八方に流れ散ってる。うおお!

「マサ樹? いつまで寝てんのよ。三智ちゃん困らせちゃダメで……おおっと」

 か、母さん! ……ノックしてくれよ……

「あんたたち、避妊はちゃんとするのよ。もうやだあたしったら、大変なとこ見ちゃったわ」

 母さんは重大な勘違いを抱えたまま、せかせかとどこかに向かってしまう。少しして玄関ドアがガチャ、と開く音がして、ガチャン、と閉まる音が響く。

「どわっ!」

 一瞬で三智に蹴っ飛ばされた。俺は尻もちを二回もついて、机のカドに頭をぶつ
ける。
 すくっと立ち上がって歩き出し、ティッシュで首を拭く三智。

「あ、あたしだけ恥ずかしいの、神様が許さないみたいだねっ……」

 尻もちをついたままの俺は、自動的に見下される。

「そんな神様、俺は認めない」