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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち

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第四話 遠くの駅の掃除を任された高校生たち


「まったく、なんなのよあの駅員。物分かりが悪いわ!」

 不満たらたらのレコミ。案の定、掃除道具入れは電車内に持ち込み禁止だと言われたのである。そこで一度は諦めかけて帰ろうとした一行だったが、突然杏子さんが、ポケットが破れそうな勢いでスマホを取り出して、JR(掃除屋)の人に「車は出せますかね」と静かな声で脅した。数分で駅に二台のワゴン車がロータリーに現れ、四十分ほど粗めの運転に付き合わされて、ここ東《ひがし》浜美《はまみ》駅まで輸送された。そして俺たちを駅に下ろすやいなや、帰ってしまった。

「って、帰っちゃダメだろ! 丸投げかよ!」
「ビービーうるさいわねマサ樹! そんな汚い言葉を使って、それでも美化部なの? さっさと待合室を掃除しなさい! わたしとお姉は自転車置き場とトイレを掃除するから」

 俺は強引にレコミに背中を押され、強制的にホームへ続く階段を上らされる。

「あれ、そういや五色いないな。部長、五色がいません」
「トイレよ。まったく、これからわたしたちが掃除するってのに、嫌がらせかしら?」

 そうだとしたら、ガキすぎる。

「出したての小便を女子に掃除させるなんて、さすがに酷じゃないですか? トイレは五色にやらせたほうが……」
「それもそうね! お姉に伝えてくるわ!」

 一分後。レコミが戻って来た。

「信じられないわ……お姉、五色の出したて小便を、なんにも気にせずに掃除してた……」
「な……⁉」

 杏子さん、もしかして変なシュミを持っていたりして……

「あ、あんた、お姉が変態だなんて思ってないでしょうね⁉ わたしの大切なお姉をそんなふうに思ってるなら、部長のわたしが許さないわよ!」
「は、はい。杏子さんが変態なわけないですよ」

 バカなことを考える時点で俺はガキだな。杏子さんはそういうくだらないことを気にしない、大人の意識を備えた人なんだろう。
 と、五色が走ってきた。

「ど、どうしようマサ樹……オレ、杏子さんにションベン掃除されちまった……」

 顔を赤らめる五色。もじもじしている。

「オレ……杏子さんのこと好きになっちゃったかも……」

 唐突に両手を組んで、天に向かって跪く五色。目は潤んでいる。

「神様、どうか杏子さんとお付き合いできますように」
「部長、こいつぶん殴ってください」「相分かったわ!」

 刹那、坊主頭にほうきの柄《てっつい》が下される。石のように固い音とともに、ギャアアッ、という悲鳴が、広き空に響いた。




「痛い。めっちゃ痛い」「あれは仕方ない」

 待合室の中を掃除しつつ、俺と五色は話している。棚にはアニメ関連の雑誌がやたらと多く並べられている。ベンチにはご丁寧に、座布団が敷かれている。

「五色、これって……」
「ああ、ここ『中二病少女』ってアニメの聖地なんだってよ。車の中で調べておいたぜ」
「ええ! マジかよ……ただの無人駅じゃなかったんだな」

 そのアニメ、俺が一番好きなアニメじゃないか。こんなところが聖地だったんならもっと早く来ておけば良かった。ん? 掃除のために来たってことは聖地を綺麗にしに来たってことでもあるのか。それならそれで嬉しい。金は一銭ももらえなかった。けど、あのキャラクターがここで動いてたんだって思うと、凄くキャラクターと物理的に近づけた気分に浸れる。それは金以上の価値ではないだろうか。

「あ、オレちょっと雑巾洗ってくるわ。窓枠が汚すぎて一瞬で汚れちまった」
「長らく放置されてたのかな」
「美化部としてやりがいを感じるぜ!」

 つい数時間前、掃除を面倒くさいと発言していた男がカッコよく言う。
 坊主頭は引き戸を開けて、半開きにしたまま出ていく。

「寒い……」

 もう十一月。風が寒い。特にここは海に近く、待合室にも寒気の塊が容赦なく侵入している。とはいえ掃除中は締め切ると埃が充満する。仕方なく開けるしかないのだ。
 机の上にはノートが置かれている。手に取って中を見てみよう。

「20××年11月8日……今日か。今日も人が来てたのか」

 有名なアニメだけあってファンも多いこの作品。十年も前にオンエアされた作品にもかかわらず、去年や今年の日付が目立つ。
 棚に置かれたケースに、まだまだノートがある。おそらくもっと前に来訪した人が書き記したものだろう。

「どれどれ」

 ちょっと掃除は置いといて、ケースの中のノートを漁る。ノートの中はイラスト、メッセージで埋め尽くされ、ファンの熱が半端ない勢いで爆《は》ぜている。

「お、マサ樹。やっぱ掃除サボってたな」

 五色がいつの間にか戻っていた。引き戸が半開きのままだったため、入ってきたことに気がつかなかった。

「ああ、ごめん。掃除が先だったな」
「まあまあ、俺はアニメとかよく分かんねえけど、ファンにとっては最高なんだろ? 聖地ってのはさ」
「そうだな。どんどん興奮してる自分がいる」
「その割には淡々とした感じだな」
「表に出すのが苦手なタイプだからな」

 受け答えしながらノートをめくる。イラストが本気で描かれていて、もしかしたら制作《中》の人が描いたんじゃないかと思うレベルだ。アニメーター志望の人が描いている場合、日本のアニメは未来も安泰だな……と思う。心から、アニメーターの収入が上がってほしい。
 ガラガラ……

「うへ、窓枠きったねぇ。虫だらけだわ」

 清掃活動に本気を出している五色。どこに隠し持っていたのやら、坊主頭は三角巾で包まれている。
「ごめん五色。俺も掃除する」
「いやいや、お前は楽しんでていいさ。オレ、なんか本気出てきたしな」

 汚いと呟いていた窓枠にマジ顔を近づけ、早速雑巾でゴシゴシやっている。

「ゲッホ、ゲッホ。きったねぇ」
「顔近づけすぎだぞ」
「本気だから大丈夫だ!」

 拭きながら、俺に親指を立てる。でも埃がもわもわと舞っていて、三角巾を付けた頭にモヤがかかっている。とても大丈夫には見えないけどな……。

「じゃあ……俺は掃除しなくてもいいんだな?」
「おう! 全部俺に任せてもらっていいぜ! 掃除は最高だなァ!」

 ここに着く前に面倒くさがっていた五色とはまったく別人が、そこにいた。彼はもはや掃除のスペシャリスト、この古びた待合室を愛しているかと思うほど真剣に窓枠と向き合っている。このままいくとJRに就職してしまいそうで少し怖い。
 バァーンッ

「「何だ⁉」」
「あんたたち、真面目に掃除してるわよね?」

 半開きのままだったドアは、レコミによって全開にされた。部長らしく偉そうに仁王立ちしているものの、彼女は深刻な低身長。このロリお姫様は、本当にやかましい。

「めっちゃしてるだろ! いきなりバカでかい声たてるんじゃねえよ!」
「あ、あら……」

 三角巾に目を取られるレコミ。

「五色はちゃんとやってるじゃない、偉いわ! こらマサ樹! あんたは何を座って読んでるわけ? 掃除する気がないのかしら?」

 キーキーと甲高い声で責め立てられる。高い声は小さな部屋でよく響き、音量が何倍にも膨れ上がって、うるさい。

「五色がやってくれるって言ったから……」