小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち
「そんなことよりあんたたち、今日は大仕事よ! JRから直々に、駅の待合室の
掃除を頼まれたわ! とある無人駅の管理人が病気で掃除に来れなくなったらしくてね? その待合室を掃除することになったのよ! もう嬉しすぎて死んでしまいそうね! きゃー!」
遠回しに同意を求めてくるレコミは、両方の瞼を向かい合う矢印のようにつぶって、黄ばんだ悲鳴をお漏らししている。
「何言ってんだレコミ。JRが高校生に仕事くれるわけねーだろがよ。どうせどっかの変な業者に騙されてんだろ? 仕事はちゃんと選べ、ったく」
呆れて物も言えない、といった様子でペラペラと五色がしゃべる。
「JRと聞くと皆さん、日本旅客鉄道を思い浮かべると思います。でもね、実は全然
違うのですよこれがねぇ。我が部に仕事依頼してくれたJR、その正体は、なんと、『Japan Rapidly』なる清掃業者なのですよ! いぇーい」
両手で作ったピースをほっぺたに付けて喜びを表現する杏子さん。俺には何一つ喜びを見出せないが、先輩が喜んでいる手前、不機嫌な顔もできない。高校生に仕事を押し付ける業者は別の意味ですごい、そう解釈してとりあえず口角を上げる。
「場所は、東《ひがし》浜美《はまみ》駅よ! 最寄りから六駅離れた遠方ね! 遠足でもないのに遠出《とおで》する日が来るなんて、思ってもみなかったわ! すっごく楽しみじゃない、ね?」
ちっこいくせに威圧感があるから、絶対に肯定しなきゃいけない、という謎の屈辱的《くつじょくてき》義務感《ぎむかん》に見舞われる。本当は怖くないはずだが、もし暴れたらめっちゃ怖いんじゃないか? そんな強迫観念が心を揺さぶる。意味もなく長い金髪を虚空にはためかせ、見知った部員に過剰な自己アピールを振りまいている。おそらくレコミは今、最高に「部長やってるわ!」という矜持《きょうじ》を感じ、自分について最高に満足しているんだろう。つまり、彼女はうぬぼれている。
「バカだろお前。いつ何時でも、掃除なんてめんどいに決まってんじゃねーか」
指でレコミの額をつんつんする五色。ちっちゃな小学生女子をいじめる坊主ヤンキーみたいだ。
「や、やめなさい!」
「ニヒヒ、やめねぇw」
ニマニマしながら、つんつんし続ける。表面上はただニマニマしている顔面も、俺の赤外線カメラのような眼球をもってすれば、その内側にレコミの尊大な態度にムカついている五色の本心がよく見える。実際俺も、つんつんされて嫌がっている可哀想なレコミを非常に愉快に思っている。「つんつんされることによって自分が単なるちんちくりんのミジンコ小娘にすぎないという自覚を植え付けられる」レコミ。そんな素晴らしい光景を目《ま》の当《あ》たりにして、レコミに毎度毎度屈従させられているストレスが、爆速で泡沫《ほうまつ》のように解消されている。
「どうだ部長サンよ。背が低いって最高にハッピーだろ? なぁ」
今度は脳天を手のひらで軽くポンポンしている五色。
「ぐぬぬ……五色、わたしをバカにしているわね! 許さないわ!」
レコミは腕を激しく振り回しているものの、五色は余裕綽綽とレコミの頭を押さえつけている。悲しいかな、腕が短いため五色の体に全く届いてない。意地でも殴りたいのだろうが、残念ながら殴っているのは虚空。体力を消耗し続けていることにも気づいてないようで、腕の回転は速くなる一方だ。ああ、なんて素晴らしき絶景なのだろう、ありがたき幸せで御座《ござ》います神様!
「レコミ。そのダンスなかなかファニーですよ」
杏子さん、ニコニコしてる。まさかレコミアンチに? じゃあ、これでレコミに味方はいなくなったわけか。ぎゅひひひひ!
「お、お姉まで! お姉、おねぇ! 笑ってないで助けてよ。お願い……びええええええぇん」
……な、泣かしてしまった⁉
「お、おい五色、ちょっとやりすぎじゃないのか? 何も泣かさなくても」
「い、いやいや……オレそこまでやってねえよ。こいつが勝手に」
「でも実際に泣いてるわけだし、謝った方が」
びえええええ……
「安心するのです君たち。これはワタシがレコミを裏切ったことで引き起こされた涙。ここはワタシが責任を取るのです! 理奈瀬家にはレコミを泣き止ませる秘儀《スキル》がありまして、何度か特許申請をしていて、……」
少し目を逸らす杏子さん。
「お姉のバカ! 特許はね、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励《しょうれい》し、もって産業の発達に寄与《きよ》することを目的としているのよ! 発明っていうのは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものをいうの。わたしを泣き止ませる方法は自然法則を利用していないから、絶対に特許を取ることはできないわ!」
「ぐふっ」
あまりにも具体的な特許法の定義を突き付けられ、杏子さんは倒れる。逆にそこまで自信があったのに驚く。でも見事、レコミを泣き止ませた。さすが秘儀《スキル》。
「なかなかやりますねレコミ……でもね、特許は無理でも、日々研鑽《 リサーチ》を重ねているのですよ……フフフ……ぐふぉっ」
「杏子さんっ! 大丈夫ですか?」
五色は持ち前の運動能力を全開にしてジェットスタート、すぐさま倒れた杏子さんに寄りそう。杏子さんは白旗を振って己の生存《アライブ》を報告している。
「って、わたしたちは何をしてるのよ! さっさと行くわよ! ほらみんな、ほうきと雑巾を一枚ずつ持ちなさい! マサ樹はバケツを持ちなさい!」
「え……掃除道具持って電車乗るんですか? 乗車拒否《じょうしゃきょひ》されますって」
想像してほしい。掃除道具一式を持った高校生四名が、電車に乗っている姿を。ヤバい集団以外の何物でもない。掃除に行く前に、俺たちが駅員によって一掃されること百%だ。
「さて、そうと決まったら行くわよ、みんな!」
再びうぬぼれモードに突入したレコミは、両手にほうきと雑巾を持って嬉しそうに選択55を後にする。
「おい、マジで行くのかオレら」
「部長だけってわけにもいくまい。俺らは小間《こま》使いされるしかないんだ……くそっ」
俺と五色が足踏みしている中、杏子さんが近づいきて言う。
「あの子、たとえどんなにショボい部でも、一つの部の長《おさ》になったことを
誇りに思っています。何卒喜んでやってくださいね。ということで、ごー」
この部に対する本音が露《あら》わになったものの、先輩だから深くは突っ込まない。隣にいる五色も顔を固めて沈黙しているし。
かくして俺たちは、東《ひがし》浜美《はまみ》駅とやらに向かうこととなった。正直、全然行きたくない。
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 作家名:島尾