小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち
第三話 美化部という名のヒマ部
結論から言うと、生きる意味を見出せなかった。
「おおマサ樹! 今日はオレが水換えといたぜ! ヒマだからさ、水でも換えようかなって、な!」
「な、じゃねえよ!」
五色《ごしき》太一《たいち》。丸坊主の部員だ。別のクラスだが同じ一年。何でも、中学の頃は野球部に所属していたらしい。これ以上丸坊主で生活するのが嫌だという理由で、高校ではゆるい部活を探して青春を謳歌したかったらしい。それでこの部に流れ着いたという。俺よりたった二日後に入部した四月当時は、僧侶のように頭がつるつるだった。まるで、まん丸い白熱電球みたいに。
「俺がいつも換えてるの知ってるよな。どうして俺の仕事を……」
「独り占めはダメなのだぜぇ? 花瓶はみんなのものだろぉ?」
ニタニタしながら肩を組まれた。肩が地味に痛いんだが……。
「今日は教室のやつも換えられなかったってのに……。俺の仕事を返せっ」
「いやぁ、そんなこと言ったって仕方ないだろ。早く来ないお前が悪い! ってか、なんで今日は遅いんだ? あ、あああ! ま、まさか彼女か? 彼女なのか? この裏切り者め!」
「早計だろが。俺に彼女ができると思うか? 俺だぞ? 花瓶の水を換えたがってる男だぞ。需要あるわけないだろ」
俺は頭を抱えながら同時に頭を掻きむしる。
「候補が一人いるだろお前にはよ。三井浜さんって候補が!」
ど忘れしてんじゃねえ、みたいな口調だ。そんな風に言われても困るだけだ。どうして俺の上に立ちたいだけの幼馴染なんかに、わざわざ恋心を抱かなきゃいけないんだよ。恋心ってのは美しきものだ。なのに、三智なんかと恋愛に落ちたら、恋心って概念自体に汚れがこびり付いて、後で掃除しないといけなくなるじゃねえか。
「三智は、自分より下の人間を従えたいんだよ。特に、根暗な幼馴染である俺はその恰好のターゲットだ。それ以上でもそれ以下でもない」
我ながら、なんと冷めた関係だろう。三智と対等になれたら、帰りに一緒にサーティツーなんてこともあるんだろうか。少なくとも今よりは暖かそうな関係ができそうだ。
「『三智』なんて呼びやがって。ラブラブじゃねえかこの鈍感野郎」
五色が額を人差し指で突っつく。
「幼馴染だから今更呼び方変えられないだけだ。三井浜さんなんて呼んだ日には、あいつの下僕になった記念として海に入る覚悟だ」
「羨ましいッ! 羨ましいゾ、マサ樹ぃぃ……」
ぎりぎりと歯を食いしばって、極端に短い髪の毛の頭をしゃわしゃわと掻きむしる五色。そんなにかよ。
「くっそ、オレの頭が丸坊主じゃなかったら、俺もモテモテのはずなのに……全部野球部のせいだ! 中学の頃のバカどもがオレを騙したのがいけないんだ!」
「どんなふうに騙されたんだ?」
「野球部に入ったら絶対モテるって聞いたからよ……。でも、マジで全然モテなかったんだよ! 毎日休日返上で練習させられて、青春の一ページも開かなかったんだよ! くそっ」
こんな冴えない部活に入ったら、余計に青春の一ページが開きにくくなるだろうに。とは言わないでやろう。カワイソすぎる。
「あ、今お前、オレには一生彼女ができないって思ったな? 思っただろ! なぁ!」
胸倉を掴まれ、ゆさゆさと前後に振られる。普通に痛い(二度目)。
「思ってない。青春の一ページが遠ざかったって思っただけで」
「一緒だろがソレ!」
より勢いよく、ぶんぶんと振られる。目が回って景色が動き回る。
「お前には分かんないだろうな! ハゲで彼女候補ゼロの男の気持ちなんて! 分かるはずがない! 幼馴染なんてベタな彼女持ってるやつに理解できるわけねえんだよォ!」
「だ、から、彼女、じゃ、ね、え」
ぶんぶん振られてるせいで、自分の発した言葉が唸って聞こえる。いつになったらこの前後運動から解放されるんだ俺は。振幅《 ぷく》が増幅《 ふく》して服《ふく》が破けそうだ。
バァン!
「シャラーーーーーーーーーーーーーップ!」
引き戸が猛烈な衝撃で叩き開けられた刹那《せつな》、小さなロリがご登場する。配下に侍女を従えて。
「こらこら少し落ち着くのです、我が妹《いもうと》」
ロリの名は理奈瀬《りなせ》レコミ、一年でありながらこの部の部長だ。清流のように流麗な金髪ロングと130センチくらいの身長が、とても特徴的だ。
侍女はその姉、理奈瀬《りなせ》杏子《きょうこ》。茶色くてふわっとしたショートヘアで、口の中でお饅頭かお餅をお食べになっているような喋り方をなさる、高校三年生女子である。この部では最も高齢にあたる、尊敬すべきお方だ。
「マサ樹! なに、わたしのことムシしてんのよ! さっさと跪いて足を舐めなさい?」
「……俺だけ……ですか?」
美化活動を行う部の部長さん、言うならもっとマシなことを……足を舐めるなんて美化活動とは対極の行為だろ。
「レコミ! 胸ならいくらでも舐めるぞ? ぐっひひひ」
五色が指をクモのように蠢かせる。
「キモいわ! 近寄らないでくれる? 宝石より綺麗なわたしの爪が腐るわ!」
足舐めを命じられた俺は、レコミの爪を腐らせるほどキモくはないらしい。とはいえ、彼女に下等な存在と認識されていることは心を凹《へこ》ませる。長く三智に屈服させられている中で、こんなちっこいロリ金髪にも踏みにじられるなんて、俺にとってこの世界は非常に生きにくいものだ。
「レコミー。はしゃいじゃダメですよー」
杏子さんはレコミと違っておっとりしている。キモチ低めの声ではあるが、お餅またはお饅頭のようなふわふわ感が独特の声音《こわね》だ。その声を聞くだけで、俺の精神は隅の隅まで浄化される。いわば彼女は、この部における「精神治療薬」である。
「わ、わかったわよお姉。お姉がそう言うなら黙るわ……」
「よしよし、いい子。聞き分けの良い子ですね。よしよし」
杏子さんがレコミの頭を撫でている。身長差が頭一つ分もあるから、まるでお母さんが子供をなだめているかのようだ。
「なぁマサ樹、あいつ犬みたいじゃね?」
いい気味に浸っていたら、五色がこっそりと耳打ちしてきた。おそらくキモイ呼ばわりされたのが癪に障ったのだろう。俺の気分はますます良好になるから、「棚から牡丹餅《ぼたもち》」だろう。
「俺は犬じゃなくてガキに見えるな。マジちっせぇ」
「ぎゃはは、そうかもしんねぇ」
突如、なぜか天気が曇りに急変。足元が陰る。
「君たち。妹の悪態はダメですよ? いいですかね?」
杏子さんの目は細められて平たい。俺の血管中の血という血が冷え冷えにさせられている。薬が時に毒にもなるように、精神治療薬である杏子さんも時には血液凍結剤(毒)となる。主な原因は、俺たちによるレコミの陰口を受信した時である。
「「はいっ」」
俺と五色は、《《元気よく》》返事する。五色はどうか知らないが、少なくとも俺はこの元気がどこから発生しているのか自分でもよく分からない。喩《たと》えるなら彼女は、エネルギーの励起源だ。たったの一声に暗黒エネルギーが集約・充填《じゅうてん》されているから、それを浴びせられたら無意識的に元気が出るのだ。
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 作家名:島尾