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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち

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第二話 俺とその周囲について



「生きる」という終点駅の列車に乗っている俺。切符を買ったのは、保育園児だったころ。周りの客が次々と変遷していく中、俺だけが同じ座席に座りっぱなしで、もう十数年が経過しようとしている。

 俺は長石《ながいし》マサ樹《き》、高校一年生だ。毎日を無為に生きていると感じながら、一応学校に来ている。学校に行かなくてはいけないという謎の義務感は、幼いころからずっと刷り込まれてきたために抜けなくなった。自分から進んで学校に行きたいなんて欲は、生まれて一度も抱いたことが無い。行かなかったら親に怒られる、行かなかったら先生に怒られる、それが怖くて仕方なく行っている。

 改めて考えると、俺が学校に行っている理由はどこまでも情けない。だって、自分の意思ではなく、他人の意思じゃないか。つまり俺は、他人のために学校に行っているのだ。しかし現実は、俺の足が学校に赴いている以上自分のために学校に行っているのだと思う。結局、なぜ俺が学校に行っているのかよく分からないというのが本音だ。

 友達は、いるのかいないのか分からない。話しかけてくれるのは、一人は幼馴染、あとの数人は同じ部活の部員。俺は彼ら彼女らが本当に友達なのかよく分からない。

 勉強は、楽しくない。もともと好きでも嫌いでもなかったが、高校になってどの教科でも担当の先生の顔が猛獣のような必死さを浮かべているせいで、勉強の内容が日に日に難しくなっている気がする。俺は勉強に向いていないようだ。

 でも、一応学校にいる以上、何かして帰るのが俺のポリシーだ。最初はゴミを一つ拾う、落し物を職員室に届ける、黒板を綺麗にする、というのが俺の「何かする」だった。しかし、思えば放課後に掃除が行われるからゴミ拾いに意味は無いし、落し物はあんまり見つからないし、黒板を綺麗にする仕事は、親しくもない女子にあっけなく奪われた。
 今では仕方なく、ロッカーの隅の、掃除用具入れの隣の、誰の目にも入らないような位置に置かれている花瓶の水を、毎日入れ換えている。それだけが「何かする」になっている。こんなことで「何かした」と満足して帰るのは、客観的に自分を見れば、こいつの学生生活はどこまでも無為だと思わざるを得ない。それでも、矮小な変化はある。前は朝に換えていただけだった水だが、最近は物足りなさを感じて放課後にも換えている。一日二回が花にとって適切な水換え頻度なのかは知らない上に怪しいものの、花には俺の学生生活のために犠牲になってもらっている。ああ、花よ。悪く思わないでおくんなせ。花よ、俺は君が花瓶に差さってなかったら、完全なる虚無の塊でしかなくなるのだから。

 ということで、今日も花瓶の水換えに行……

「おい……」
「ああ、マサ樹。花瓶の水、換えておいたよ?」

 幼馴染の三井浜《みいはま》三智《みち》。肩に掛かる程度のサラサラした質感と、山吹色の色をした髪の毛。この髪を見たら毎度毎度、背筋がひんやりとする。男の俺と同じくらい背が高く、男勝りで、上から目線。何年もこいつを見てきた結果、こいつはそれらの欠点を意識できていないという解が導き出された。実に俺にとって都合の悪い人間である。不幸にも、これが俺に話しかけてくれる貴重な人物なのだ。彼女こそが、俺の人生を黒板のような濃い緑に染めているのだ。ああ、マジでムカつくなぁ。黒板消しを卵焼きの代わりに食べさせたいほどにムカつくぜ。

「俺は何もせずに帰ることができそうだ。ありがとう三智君《    くん》」

 ため息を露骨に鼻から吹き出して、不服の意を見せつける。二十二.四リットルもの空気を吐き出したから、間違いなく俺の感情の上辺二十二.四ミリはご理解していただけただろう。
 ではなぜ、三智はクスクスと可愛らしく笑っているのか? 理解した上で笑うなんて、どこまで醜い女なんだ。可愛い顔を用いて表面だけコーティングし、汚れた心の内を一切見えないようにするという、「めっき」なる高等テクである。だが、そのテクは長年にわたってお前に抑圧されてきた俺には通用しない。最初の最初から、「クスクス」の「ク」の時点から、第六感で気づいている。
 そうとも知らずに、たかだか表面処理の可愛い顔で、三智は俺に微笑んでいる。
「あたしの目的は、マサ樹から生きる目的を失わせることだからね。毎日新しい仕事を見つけ出して、新しい目的を発見してね?」
 一際《ひときわ》ニコッと微笑んだ。ステップを踏みながら、その場をそそくさと去る。

「待て」
「ん? 何か用?」

 引き止められて振り返った罪人は、ケロッとして、自分の罪を認識していない。

「この間、黒板消すのを別の人に奪われたところだったんだ。それで、新しく花瓶の水換えって仕事を見つけたばっかなんだ。そんなに易々と仕事が見つかるなら、職業安定所なんかいらないだろ?」
「高校生のくせに職業安定所なんて言葉、使うんじゃない。あんた美化部なんだからさ。学校を綺麗にする仕事の一つや二つ、さっさと見つけられるでしょ?」

 子供を嗜《たしな》めるお母さんみたいな口調だ。三智はいつも、俺を自分の子供のように扱い、無駄に世話を焼く。同時に、俺の好きなものを手当たり次第に奪ってニコニコ笑う罪人でもある。昔から、三智は常に俺より上の地位を維持したいのだ。俺が興味を持ったものに首を突っ込んでくる悪癖を、誇りに思っているのだ。最低の人間なのだ。

「三智だって美化部だろ」

 実は、この幼馴染も俺と同じ美化部なのである。

「あたしが美化部に入ったのは、あんたが美化部に入ってたからでしょ? あんたいつの間にかこっそり部活入ってんだもん、あたしにも言ってくれればいいのに」
「どうしてお前なんかに言わないといけないんだよ」
「だってさ、あたしと一緒の部活、入りたたかったでしょ?」

 意味もなく、輝くダイヤモンドみたいなウインクを決める。テレビに出てくるタレントやらアナウンサーがウインクしたらムカっとする俺だが、テレビに出てくるタレントやらアナウンサーとは比にならないくらいムカつく三智のウインクは、不思議にも、ドキッとする。つまり、一般的に考えればこいつは可愛い部類に入るということだ。でも幼馴染の俺は、それが極薄《ごくうす》の仮面だということを、すでに知ってしまっている。ウインクした三智の心理は、「かわいいあたしの子、マサ樹? お母さんより先に、何かに興味を持つなんて許さないからねッ☆」に決まっているのだ。三智は最低な人間なのだから。

「むしろお前から逃れるために部活に入ったんだが」

 とは言え、不覚にもただの一回だけ、こいつと一緒に部活したいと思ったことがある。それは美化部のある「選択55教室」を初めて訪れたときだ。当時は学校に親しい間柄がこのムカつく幼馴染しかおらず、もし部活に馴染めなかったらこいつを誘うしかないんだろうな、そう思ってしまったのだ。それでも「どんな部活にも入らない」という選択肢を選ばなかったのは、今思えば、自分の心が相当この幼馴染と一緒に過ごす時間を敬遠していたからだと思う。

「ねえ、マサ樹。ホントは? ホントのこと言わなきゃダメじゃない? ね!」