小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち
第一話 彼女は逃げたい
黄緑色に光るこの希望。今はガタンゴトンと移動中。
――次はぁ、終点、仙台です。お乗り換えのご案内です、……
これから、私はどこに行くのだろう。ぎゅうぎゅう詰めに座っている乗客のほとんどは、おそらくどこかしら降りる駅が決まっていて、その駅に到着すれば急いで降りるんだろう。
駅は人の山。黒い頭が大量に、一方向に流れていく様子は、まるで一本の河のようだ。私はこれからどこに向かうかも決まっていないというのに、終点だから嫌でも河の一部に溶け込んで流されなくてはいけない。でもまだ大丈夫、エスカレーターを上り切るまでは皆、エスカレーターを上るしかないから。私に目的地はないけど、とりあえずホームを出ることはしないとどこにも行けなくなる。
これからのことも考えずに人の流れに溶け込む。エスカレーターの頂上に着いたとき、右に進むか左に進むか、前に進むかも決まっていない。ただ、後ろに戻ることができないのは確かだから、選択肢が一つ減ったとも捉えることができる。
(時間は……)
午前八時十分。昨日の私はまだ寝ていた。
と、もうエスカレーターの頂上が見えてきた。ということはここから先、私の「道」は途切れるということだ。どこに、行ったら……
「ご、ごめんなさい……す、すみません……」
改札に向かう人、乗り換えで様々なホームへ向かう人。私はそのどれに溶け込めばいいのか分からず、ただ途方に暮れるしかない。ただ、左へ進むと壁にぶち当たってしまうから、選択肢として左も削られたことになる。前に進んでも、同じホームへ向かうエスカレーターしかなかったから、選択肢として前も削られたことになる。自ずと右を選ぶしかない、あるいは右に行けばいいだけとなった。でも、体がどうしても動かない。
(最初に目的地、決めておけばよかった……)
人の流れに乗れず、一番淀んだ壁沿いで一人佇む。進むことができなかったから、壁にひっつくことを選ぶしかなかった。自ずと選んだのは、真っ先に除外された左だった。
(どこに行こう……)
マップで、とりあえず日本列島の全体が収まるほど広域にする。
(とりあえず、遠くに行きたいから……)
仙台がある東北地方は除外し、関東から西だけに範囲を狭める。
(人がいなさそうなところじゃないと、ダメそう。それに、これは海に投げ捨てよう)
これ、とは、希望のこと。この希望に、もう用は無い。今日を限りにこの希望は役目を終える。家を出た時は、希望を捨てる目的で遠くに行くつもりだった。でも、たかが人の流れに乗れなかったということだけで、目的を見失いそうになってしまった。
(……とりあえず、ここで)
ダーツでたまたま当たった土地に行く、というのは、他の人ならもっとワクワクするのかもしれない。そこに何があって、どんな体験ができるのか、行く前には微塵も想像できないから。
でも、私は全くワクワクしない。そこがどんな地域でも良いし、体験なんて何もしないつもりだから。そこがギャングの町だったらさすがに行かないけど、でも日本にそんなところって無いと思う。少なくとも私が無作為にタップした海沿いの地点は、拡大してみても民家がちらほらあるだけで、あとはガソリンスタンドやコンビニ、郵便局があるくらい。ちょっと北の方に原発があるけど、まさか原発が爆発して私が被ばくすることは無いだろう。
その地域はここよりずっと南で、遠い。新幹線と特急なしでは日が暮れてしまう。一旦改札を出て、乗車券と新幹線の切符を買うことにしよう。
昼、十二時半。私はもう、そこにいた。もっと遠くに行けなくもなかったけど、ここがなんとなく落ち着ける土地だからこれ以上遠くに行かなくてもいいと思えた。無人駅、誰もいない待合。晴れ渡る空は澄み切っていて、背後には緑の濃い山々が延々と連なっている。
もうここは私が知らない土地。知らないだけで、遠くに来たとも言えるんじゃないだろうか。
(すごい田舎だけど、昼間だから誰かに会う可能性もあるかも。夜になるまで行動しないでおこう)
誰もいない待合の引き戸をガラガラと引く。スカスカの時刻表。朝七時代に二本、それ以外の時間帯は一本しか来ないことを示す時刻表だ。長く待合で待つ人のためなのか、壁の両端にまたがるベンチには六枚の座布団が置かれている。
(ここで寝よう。多分、誰にも見えないし)
引き戸を閉めないまま、私一人には長すぎるベンチに横になる。靴を床に脱ぎ捨てて。風がひゅうひゅうとうるさいのに、うるささが心地よさを連れてきて、眠気がだんだんやって来る。
作品名:小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 作家名:島尾